傷ついて帰ってきた息子を抱きしめてあげたい
10年前40歳の息子は、ボロボロになって胸に飛び込んできた
「あれは東日本大震災の年でした。余震が多く、放射能のこともあって、みんなが不安と恐怖におびえていた。そんな中、息子が勤務する会社の社長は、高額な健康食品の代金未払いの督促電話を息子にかけさせたんです。被災した地域にもお構いなしだったそうです。回収ノルマも課せられ、息子の成績はビリだった。それに対して、上司からは容赦なく叱責があり、電話をかけるとお客さんからは泣かれたり怒鳴られたりする。回収ができないと、反省文を書かされた。それで、体調を崩して、うつになった。ある日、目の前が真っ暗になって、電車に吸い込まれそうになったとか。そのときに私の声がしたそうです」
電話がかかってきたので、すぐに綾子さんは東京に向かう。朝から駅のホームに座りっぱなしだった息子を見つける。タクシーに乗せて息子の自宅に連れて帰ると、息子は「お母さんごめんなさい」と泣いたという。
「私の胸に飛び込んで来たという感じ。雛を守る親鳥というか……心療内科に連れて行ったら、適応障害で退職しました。東日本震災までの日本って、本当にブラック企業が多かったと思うんです。“死んでも仕事しろ”とか言われて、パワハラもセクハラも当たり前だった。震災を経て、日本人の考え方が変わったのか、だいぶ会社の労働環境はよくなったと思う」
それから1年後、夫と綾子さんの離婚が成立した。
「ずっとお金のことでもめていたので、5年もかかってしまったんです。地元にいると噂になるから、夫から得たお金で東京にマンションを購入。私の両親も亡くなったし、私も心機一転東京で暮らしてみたかった。震災直後は今の半分の値段でした」
そこで息子と一緒に10年間暮らしている。
「息子は引きこもりと言っても、私とは話すし、パソコンでなんかやっているみたい。でも外にはほとんど出たがらない。筋トレは一緒にやっていますよ」
今の生活費は綾子さんの親の遺産を切り崩しながら、年金で生活をしている。
「私が93歳くらいまで……あと18年はなんとかなると思います。私が要介護になっても、介護保険制度があるから大丈夫」
その先の息子の人生についてはどうだろうか。綾子さんは「考えても仕方がないから考えないようにしている」という。
今、抱えている社会問題に少子高齢化や晩婚化などがあるが、それは母親(父親)と子供の距離が“近すぎる”という問題も原因のひとつではないかと思う。夫婦不和、モラハラ、相互依存……時間も経済的にも余裕がある親が「よかれ」と思い、家庭の中で、子供の自立の芽を摘んでいるケースをよく目にする。
また、親の賞賛を受け続けた子供が、社会に出て荒波を受けたらどうなるか……。仲がいい親子のことを「友達親子」と言うが、その中にはまるで「恋人」と呼べるほど親密な関係も存在する。多くの親は子供を愛し理解している。しかし、親に残された時間には限りがある。それゆえに、子供を自立させることを強く意識しながら育てることも必要なのではないだろうか。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。