定年から被害妄想の矛先は母親一点に
離婚の際には相手の家族にも、そして陽子さんにも暴言を吐き続けたと言います。相手と一緒に住んでいた家を引き払ってからは一人暮らしを考えていたそうですが、母親の説得もあって実家に戻ります。
「帰りたくなかったです。でも、メンタルが不安定になってしまって、心配した母親が1人にしたくないと言ってきて。
父はそんな私に関しても『目を離すとまたバカな男を掴みかねない』、『また離婚したらそれこそ恥さらし』という言葉が遠くで聞こえていたような気がします。私が実家から戻ったときには母親が私と父が顔を合わせないようにしてくれたので直接ではありません。私の実家は昔ながらの一戸建てで離れがあるのですが、私の部屋をそこに用意してくれて、ご飯もそこで食べるようにしてくれました」
そこから働けるまでに元気になった陽子さんですが、いまだに実家で生活を続けています。その理由は父の怒りが被害妄想に変わり、その対象が母親にだけ向くようになったからだと語ります。
「父が定年になり、ずっと家にいるようになって母親に事あるごとに突っかかるようになったんです。父は母に出て行かれることを怖れているのか、『別れるなら退職金は絶対にやらない』、『働いていない自分を見下しているのか!』と声を上げるようになりました。父は働いている自分、家族を養っている自分にしか価値を見出せていない人のようで、唯一の自分を保っていたものがなくなったと思っているんでしょう。確かに、私はそう思っていますし、母親はお金のことを私たちに口にしたことはないけれど『子どもたちがいたから』と、生活のために父といたことは明らかです。
母親はそんな言葉を浴びせられているのに父親から離れようとしません。私はそんな母親を1人にすることができなくて……」
最近は認知症の疑いもあるため父親にますます強く言うことはできずに、母親は医師から伝えられたように寄り添い続けているそう。
「父は頑なに病院に行かなかったので、地域包括支援センターに相談に行き、父のかかりつけ医から診察を勧めてもらい、やっと一歩進んだ段階です。今も母は寄り添っていますが、このままじゃ母親のほうが倒れてしまうので見ていないと。皮肉なことに父は私のことが今は大嫌いらしく避けられているので直接害はありません。だから一緒に居れるんですよ」
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。