日本では、食料が有り余り、全体の約2割が廃棄されることが社会問題になっています。信じ難いことですが、これだけ飽食の時代にありながら、一方では栄養不足が進んでいます。

栄養不足はうつ病発症に関係があるといわれています。そこで、うつ病と栄養不足のつながりについて帝京大学医学部精神神経科学講座教授の功刀くぬぎひろし医師に伺いました。

飽食の時代に栄養不足が増えている理由

おいしいものが世の中に溢れている今、栄養不足といわれてもピンとこない方が多いのではないでしょうか。その一因が食の欧米化です。

「加工品の多い食の欧米化の定着で、魚や野菜、果実などがメインの日本の伝統的食事から離れてきてしまい、自然に摂取できていた栄養素が不足しがちになっています。穀類、野菜、果物、キノコなどに含まれる食物繊維や、マグロやサンマなどの魚に多く含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸のEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)、食物由来の抗酸化物質ポリフェノール、ビタミンやミネラルといった重要な栄養素が、うつ病の患者さんに不足していることもわかってきました。また、糖尿病やメタボリック症候群もうつ病になるリスクを高めることから、欧米型の西洋式食事で起こりうる食物の過剰摂取やエネルギーの摂り過ぎが原因の生活習慣病も問題視されています。今後は、うつ病治療においても食事の改善や栄養指導が重視されると思います」

肥満やメタボでうつのリスクが深刻化

すでにうつ病と生活習慣病が双方向関係にあることも明らかになってきているといいます。

「肥満やメタボリック症候群がうつ病のリスクを1.5倍に高め、うつ病が肥満やメタボリック症候群の発症リスクを同じく1.5倍上げることがわかっています。さらに、うつ病患者は糖尿病リスクが健康な人よりも高く、日本の糖尿患者の36.4%がうつ病の症状を持っていたという報告(※1)もあります。また、うつ病患者には中性脂肪高値や善玉コルステロール低値といった脂質異常症も高頻度にみられますので、たんぱく質、脂質、炭水化物の適切なバランスを保つように心がけ、食生活ではエネルギー過剰摂取にも気をつけてください」

うつ病予防に効果が期待できる栄養素とは

うつを予防するにはどのような栄養素と食品を摂ればいいのでしょうか。

「ビタミンでは脳機能に大切なビタミンD、B1、B2、B6、B12、葉酸の不足がうつ病のリスクを高めます。特に葉酸は気持ちの安定に関係するセロトニン、興味・関心や快感と関連するドーパミン、集中力を高めるノルアドレナリンなどの神経伝達物質の合成に関連しており、うつ改善に期待ができる重要な栄養素です。うつ病の人はこの葉酸が不足していることが多く見受けられるため、葉酸を多く含む葉物野菜、納豆、レバーなどを摂るといいですね。また、鉄、亜鉛、マグネシウムといったミネラルは体内で生成できないので日々の食事から必ず摂取すること。肉、魚、豆類などのたんぱく質に多く含まれるアミノ酸、魚に含まれる脂肪酸が足りていないので、意識的に摂るようにしてください。現代の日本人は自然食材である魚や野菜の摂取量が低下し、食物繊維の摂取量に至っては戦後の半分ほどにまで下がっています。特に50代以下では摂取量が大幅に減少しているので、日常的に摂っていけば、うつ病の予防にもなります。魚が苦手という人にはEPAやDHAのサプリメントを試してみるのもいいでしょう」

日本伝統の緑茶でうつの症状が改善する

嗜好品の中にもうつの予防効果が期待できるものがあります。

「腸内に善玉菌が増えるとストレスに強くなるといわれていますから、ヨーグルトや乳酸菌飲料はとっていただきたいですね。私が関わった研究でも、うつ病の人は腸内に善玉菌の数が少なく、善玉菌の数が一定以下の人はうつ病を発症しやすい可能性が示唆されました。腸内フローラを増やすためにはオリゴ糖やシリアル(食物繊維)と一緒にとるとより効果が高まります。また、抗酸化成分のあるカテキンや、リラックス作用のあるテアニン、苦み成分カフェインなどの薬効成分を含んだ緑茶もおすすめしています。緑茶を1日4杯以上飲む人はうつ病になりにくいという研究結果(※2)もあります。テアニンは玉露や抹茶、新茶などの少し値段が高めの茶葉に多く含まれていますので、こうした茶葉を使い、できれば急須で入れて飲んでください」

逆に摂取に気を付ける嗜好品もあります。

「コーヒーもうつの予防効果があるのですが、就寝前に飲むと眠りを妨げ、睡眠の質を低下させるので、時間帯によって避けた方がいいですね。アルコールは適量をたしなむのであれば問題はありませんが、うつの症状がある人は、薬との相互作用や、摂取量が増えて依存症になってしまうこともあるので原則的には禁酒をしてください。また、たばこは健康を害するだけではなく酸化ストレスや炎症を引き起こすためやめた方がいいことはいうまでもありません。砂糖の過剰摂取にも注意してください」

※ 出典1

Luppino, F.S., de Wit, L.M., Bouvy, P.F., Stijnen, T., Cuijpers, P., Penninx, B.W., Zitman, F.G. 2010. Overweight, obesity, and depression: a systematic review and meta-analysis of longitudinal studies. Arch. Gen. Psychiatry 67, 220-229. 日本の糖尿病患者にうつが多い:Yoshida, S., Hirai, M., Suzuki, S., Awata, S., & Oka, Y. (2009). Neuropathy is associated with depression independently of health-related quality of life in Japanese patients with diabetes. Psychiatry and clinical neurosciences, 63(1), 65–72. https://doi.org/10.1111/j.1440-1819.2008.01889.x

※ 出典2

Pham, N. M., Nanri, A., Kurotani, K., Kuwahara, K., Kume, A., Sato, M., Hayabuchi, H., & Mizoue, T. (2014). Green tea and coffee consumption is inversely associated with depressive symptoms in a Japanese working population. Public health nutrition, 17(3), 625–633.
https://doi.org/10.1017/S1368980013000360

お話を伺ったのは……



功刀(くぬぎ) (ひろし)先生
帝京大学医学部精神神経科学講座主任教授


1986年東京大学医学部を卒業後、帝京大学精神科学教室を経て、1994年、ロンドン大学精神医学研究所にてRobin Murray教授の指導下に疫学、分子遺伝学的研究を行う。以後、精神疾患の生物学的研究を継続的に行っている。専門は統合失調症やうつ病の脳科学、新たな診断・治療法の開発。最近は、脳脊髄液を用いたバイオマーカーや創薬標的分子に関する研究に精力的に取り組む。また、食生活・栄養に着目した研究も積極的に行っている。「心の病を治す 食事・運動・睡眠の整え方 ココロの健康シリーズ」(翔泳社) 、「こころに効く精神栄養学」(女子栄養大学出版)など多くの著書がある。

医師のインタビュー記事は、株式会社おいしい健康が運営するメディア「先生からあなたへ」でもご覧いただけます。
https://articles.oishi-kenko.com/sensei/

取材・文/安藤政弘  写真提供/功刀 浩医師

 

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