「お母さんには何もない」抑うつ状態を見せる母親の姿を見るのが辛い
しかし、明るい内容だったのは最初のほうだけ。連絡の内容は次第に卑屈なものに変わっていきます。千夜子さんは戸惑いながらも話を聞き続けたとか。
「母親は、今までゆっくりしてきた人よりも仕事を辞めた人ばかりの人のほうが認知症になりやすいと言って、今日はどんな本を読んだとか、足腰を鍛えるために1時間以上散歩に行ったとかを、だいたい10分くらいで話してきました。そのときはまだ相槌を打っておけばいいだけだったので大丈夫だったんですが、徐々に後ろ向きな発言が増えていき……。『腰が痛い』というような体の痛みから『物忘れがひどくなってきて不安で仕方ない』とか、私に老いに対する恐怖を伝えてくるようになりました。それに対して、なんて返せばいいのか本当にわからなくてとても困りました」
さらに、仕事を持っている千夜子さんに対して暴言を吐くようになってしまったと言います。
「電話がかかってくるタイミングとわたしが家に仕事を持ち帰っているときが被ると、母が冷たく感じるような口調になってしまうこともあって。そんなときには母は『仕事があることの自慢か!』と電話越しに怒鳴るようになっていきました。そうかと思ったらすごく気弱な声になって『お母さんには何もない』と言い出したり。情緒不安定な時期が続いて、私は心配で兄に相談したものの『放っておけ』の一言。父親からは何の連絡もないのでそのまま。そんなことを話せる友人もいないから、誰にも相談できなくて」
一度お正月に帰省した後に世の中はコロナ禍となり、帰省しない言い訳が今はできていると言いますが……。
「今は2日に一度のペースで電話は続いています。会えないながらも実家に動画のサブスクをつけたり、私が勧めた民間の資格取得に向けたスクールに通ってもらっています。お金ですか? もちろん私がすべて払っています。
今は少し落ち着いている状態ですが、父親は嘱託社員としてもうしばらく働くことが決まっているものの、あと数年で2人とも……。それに私にも仕事以外のものなんて何もない、気を許せる友人もいない。未来の自分を見ている気がして怖くて仕方ありません」
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。