取材・文/坂口鈴香

胃ろうの選択は正しかったのか

「親の終の棲家をどう選ぶ? 胃ろうの選択は正しかったのか――介護福祉士の自問」(https://serai.jp/living/1023391)でご紹介した介護福祉士の篠文代さん(仮名・54)は、脳卒中で2回倒れた父親に胃ろうをつくったことに対して、その判断が良かったのか今も自問している。

というのも、篠さんは介護福祉士として、胃ろうをつくった高齢者が“人間らしい状態ではなくなる”という事例を多く見てきていたからだ。

「胃ろう」という言葉はよく聞くと思うが、どんなものなのか見たことのある人は、そう多くないのではないだろうか。胃ろうとは、口から食事をすることが難しくなった人や、食べてもむせ込んで肺炎などを起こしやすい人に、お腹に小さな穴を開けて、胃から直接栄養を入れる方法だ。チューブで鼻から栄養を入れるより、本人の苦痛が少なく、介護者の負担も少ない。

篠さんの父親は、急性期の病院からはもはや回復は難しく、自宅に戻るのは無理だろうと言われたものの、まだ頭もしっかりしていたしリハビリもがんばっていた。これまでの経験から「安易な胃ろうには反対だった」という篠さんが、父親に胃ろうをつくることを決めたのは、「父親は生きようとしている」と思えたからだった。

胃ろうをつくってもまた口から食べることはできる

自問する篠さんに対して、あるケアマネジャーは「胃ろうは回復が見込める方にとっては、決して悪い選択ではありません」と言う。

「飲み込む力が衰えるのは、老衰や廃用症候群(長期間の安静状態や活動性の低下により、生活が不活発となり、さまざまな心身の機能が低下した状態)の場合や、筋力低下が原因の場合があります。ですので、リハビリをすれば筋力が戻る可能性もあります。しかし栄養不足によって筋力が低下していると、いくらリハビリしても筋力はつきません。栄養を摂って、リハビリをして筋力がつけば、また口から食べられる可能性もあるんです」

「延命措置だから、胃ろうはしたくない」と考えている親や家族は、「一度胃ろうをつくったら、二度と口から食事はできない」と思い込んでいることが少なくない。だがこのケアマネジャーが言うように、胃ろうは一時的な手段で、状態が回復するとまた口から食べられるようになるケースもあるのだ。

「篠さんのお父さまの場合、リハビリ病院にいるときは自分で食事がとれるようになる可能性もあったのではないでしょうか。だからリハビリ病院は胃ろうを勧めたし、篠さんも胃ろうを選択したのでしょう。確かにつらい選択だったとは思いますが……」

ところが、その後特養に入所した父親はほとんど寝たきりになり、意思疎通もはかれなくなってしまった。篠さんはそんな父親を前にして、胃ろうを選択したばかりに、父親が不本意に生かされているのではないかと自問しているのだ。

「ハッピーな胃ろう」もある

『仏になったら仏を殴れ』(長尾和宏著・ブックマン)に、まさに篠さんのような相談事例が紹介されていた。著者の長尾和宏氏は、外来診療のかたわら約200人の患者を地域の中で診ている在宅医療のスペシャリストである。

「寝たきりになって4年。母の胃ろうをはずしたい。医師からは今の状態では胃ろうははずせないと言われた」という相談者に、長尾氏はこう回答する。

“胃ろうで4年も延命できたのですから、まずは素直によかった。(中略)ただし、お母さまが「口から少しでも食べられて」「意思疎通をできる」ならばの話です。もしそうであれば「ハッピーな胃ろう」ですし、そうでないのならば「アンハッピーな胃ろう」に思えますが。もし胃ろうをしないで早々に亡くなっていたら「やっぱりしてあげていたら……」と後悔しているかもしれません。”

そして、こう断言する。

“大切なことは過去を振り返ることではなく、これからをどうするかだ”

長尾氏は、胃ろうは「はずす」ではなく、“「使う」か「使わない」か”だという。つまり、栄養剤を「入れる」か「入れないか」。しかも、二者択一ではないというのだ。

“どれくらいのカロリーや水分量を入れるか、つまり栄養剤や水の量の加減です。いきなりゼロにするという選択肢は僕のなかにはありません。”

相談者や主治医がそれをすると、「安楽死を行った」として殺人罪に問われる可能性があるという。

相談者の場合は、死期が迫っている状態ではなさそうなので、人工栄養の中止は困難である。しかし、長い目で見れば年々死期が迫っていることは間違いないと考えられるが、減量することで一時期より元気になる人もいるという。

そして長尾氏はこうアドバイスする。

“人工栄養に関しては自然に任せるのが一番ではないでしょうか。いずれ必ず肺炎を併発して限界が訪れます。それまでは見守ってあげるのがよいかと思います。あなたもご家族も、心身ともに介護疲れの極致におられます。正常な判断能力をお持ちだとは言いきれません。今極端な行為をすることが、あとで大きなトラウマになる可能性もあります。”

そこで、相談者にはショートステイや特養、介護医療院、看護小規模多機能など、外部の介護サービスの利用を勧める。

“一人で背負うのは間違いです。あなたのようなご家族は世の中にたくさんおられますが、多様な療養形態が用意されています。(中略)せっかく今まで頑張ってこられた親孝行を、この先後悔するものにはしてほしくない気持ちです。”

長尾氏のこの言葉を、篠さんにも贈りたいと思う。

胃ろうは、決して不幸ではない。篠さんが、胃ろうを選択したことは間違いではなかった。篠さんがするべきことは、そのときの選択が正しかったのかという思いを一人で抱えることではなく、医師と話しながら父親のこれからを考えることだろう。篠さんはすでに十分親孝行をしているし、それが一番の親孝行だと思う。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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