いじめに親身になってくれた母と、傍観者だった父
物を盗まれるようになり、母親は異変に気付いたそうですが、最初は必死に違うと抵抗します。
「机の中のものを荒らされるとかはなかったんですが、筆箱の中に入れたシャーペンがなくなったり、筆箱の中身ではなく筆箱自体がなくなったり、ポーチがなくなったり。当時流行っていて、どれも気に入っていたものがなくなりました。筆箱は、親に頼んで買ってもらっていたものだったので、過去に使っていたものを再び使用していたのに母親が気づいたんです。でも、学校に置いているとか必死で嘘をつきましたね。嘘をついた理由は、やっぱり親に心配をかけたくなかったからです。それから小さな袋に大切なもの入れて持ち歩くようになりましたね」
毎日学校に行くことが嫌で仕方なかったときに、母親が「休みなさい」と言ってくれたとか。
「今日も朝が来て、学校に行かなければいけないと思うと朝食なんて食べる気になれなくて。でも母親が見ているから必死に飲み物で流し込んでいたんです。そしたら、『学校に行くのが辛いんでしょう。今日は休みなさい』と。その言葉で泣いてしまって、結局親に迷惑をかけてしまったんですよね。その後は3日休むと週末だったので母親に甘えてしまいました」
学校に行くと決めたのは真奈さん自身。そこには2つの思いがあったと言います。
「1つは母親の『嫌だったら行かなくていい』という言葉です。逃げて戻れる場所があると思うと頑張ろうかなって。暴力などのいじめに遭っていたわけではなかったので。
もう1つは父親と兄の目線ですかね。母親がどこまで話しているかわかりませんが、『なんで学校に行ってないんだろう』という不思議な顔を家でされていたんです。2人とも何も言ってこないけど、学校に行かないことの違和感というか、今の私は普通じゃないんだと思わされました。私の家はマンションだったので、学校を休んでいる間もずっと家から出られませんでしたね。私自身も普通じゃないと思っていたから、周りの目を気にしていたんだと思います」
いじめられた過去は親に迷惑をかけてしまった過去に。もう親に迷惑をかけたくない思いから耐え続けた10年間だった。【~その2~に続きます】
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。