取材・文/坂口鈴香

杉浦朋美さん(仮名・44)は、がん末期の母親を看取るために仕事を辞めた。母親の死後パートを再開したが、父親の認知症が判明。高血圧で糖尿病があるのに薬は飲まないし、栄養バランスを考えてつくった食事にも手をつけない。酒を飲みすぎてトイレを汚す父親との言い争いが絶えなくなった。デイサービスを利用するようになっていくぶん楽にはなったが、杉浦さんの気持ちは追いつめられていく。

【2】 はこちら

ケアラーズカフェで気持ちを吐き出した

「デイサービスに行くようになって3年くらい経っていたでしょうか。父は相変わらずで、私の言うことは聞いてくれない。ご飯は食べない。トイレは汚す。そのたびにイライラして、もう父と一緒に暮らすのがほとほとイヤになってしまったんです。父のことを思って、体にいい食事をつくっても食べてくれない。一生懸命にやっても報われないのって、つらいです」

杉浦さんは“プチ家出”と称して、2~3日ビジネスホテルに泊まるようになった。

【1】の冒頭で登場したケアラーズカフェに顔を出すようになったのも、この頃だ。

「ケアラーズカフェがテレビで紹介されているのを見て、家の近くにこんな場所があるんだと初めて知りました。私の周りには親が認知症の人はいなかったので、誰かに話を聞いてもらいたいと思い、行ってみることにしました」

行ってみると店内に若い人はいなかったが、話を聞いてもらいたい気持ちの方が先立ち、ためらうことなく中に入った。ランチを食べて、スタッフに自己紹介をすると、自然につらい気持ちを吐き出すことができた。

「親戚や父の友人などから、『お父さんの面倒をちゃんと見てあげなさい』と言われることも多くて、それも精神的にものすごく負担でした。悪気はないんでしょうが、『見てるよ』と言い返したかった。その世代の人たちが介護をどれだけしたというんでしょうか。長男の嫁に任せて、自分の親の下の世話もしたこともないような人たちに言われたくないよ。そんな人たちに、子どもの気持ちなんてわかるわけないだろう、と」

グルグル渦巻いていた暗い気持ちも、ケアラーズカフェでならすべて吐き出せた。世代は違っても、同じような経験をして心療内科で薬をもらっているというような話を聞くと、「つらいのは自分だけじゃない」と思えた。

「それでも、私のような氷河期世代から見ると、『うらやましい』と思えることも多かったですが」

もう父と一緒に暮らせない

そしてついに杉浦さんは”プチ家出“から”完全な一人暮らし“を選択することに決めた。

「実家から徒歩5分くらいのところに、アパートを借りることにしました。兄とも相談して、私がいなくなって父が一人で暮らすのは無理だと思ってくれたら、老人ホームに入ってくれるんじゃないかと思ったんです」

といっても、杉浦さんは洗濯や料理をするため実家にたびたび戻っていたし、デイサービスの送り出しもしていた。

「私がつくったものを食べないので、父の食事は、朝はレンジで温めるだけで食べられるご飯やインスタント味噌汁、昼はカップ麺、夜は宅配弁当にしていました。なので最悪薬を飲まなくても倒れることはないだろうと思っていたんですが、それでも弁当を食べずに何個もたまっていたりして、また怒ってしまう、などということはよくありました」

ある朝、杉浦さんがデイサービスの送り出しに実家に行くと、父親の元気がない。微熱もあった。

デイサービスを休んで病院に連れて行くと、誤嚥性肺炎を起こしていることがわかり、入院することになった。

「これをきっかけに、ケアマネに『私がもう限界です』と伝えて、兄とも話し合いました。そして父の入院中に老人ホームを探して、退院したらそこに入ってもらおうと決めました」

兄が探してくれていたいくつかの候補のうち、車を運転できない杉浦さんが自転車でも行けるところにあること、費用がそう高くないことを条件として考えると、選択肢は1か所に絞られた。

「それが、父が現在入っているサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)です。兄が住む隣の県ならもう少し安いところもあったのですが、父にとって環境の変わらない実家の近くにいた方がいいだろうと考えたんです」

父親には「退院したらひとまず施設に入って、元気になったら家に帰ろうね」と言った。

「だまし討ちです」

【4】 に続きます

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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