文/鈴木拓也
「終活」という言葉が定着するとともに、遺言書に関する情報をよく見かけるようになった。
ただ、もともととっつきにくいイメージがある上に、複雑な仕組みが事細かに記されているものだから、読むのも一苦労。
そのせいで「やっぱり遺言書は難しい…」と考えてしまうが、実はほとんどの場合、最小限の知識をもとに、自分で書けるものなのだ。
そう説くのは、相続法にあかるい弁護士の竹内亮さん。著書『自分で書く「シンプル遺言」』(講談社)は、初めてでもつまずくことなく書ける遺言の指南書だ。ポイントを押さえておけば書ける「シンプル遺言」の基本のキを、これから紹介しよう。
割合で分けるのは揉め事の元
仮に、遺言を書かないまま死去したとする。その場合、財産(遺産)は、民法にしたがって分けることになる。
例えば、配偶者は健在で、2人の子どもがいるなら、財産の半分は配偶者へ、残る半分は子どもが折半(つまり全体の四分の一ずつ)する。
一見わかりやすい分け方だが、竹内さんはそこに大きな欠点があるという。財産が現金のみならいいが、自宅(不動産)や株式など様々な形態で遺した場合、公平な分割は容易でなく“争族”の火種になりやすい。遺言書がすすめられるのは、第一に争いを避けるためにある。もちろん、遺言書においても、現金と普通預金以外は割合で書かないように注意する必要がある。
では、具体的にどう書くかについては、本書に模範例がある。
1 東京都〇〇区〇〇X-X-Xの自宅土地建物を妻京子に相続させる。
2 新潟県〇〇市〇〇X-X-Xの実家の土地建物を長男誠に相続させる。
3 預貯金の全部を妻京子に相続させる。
といった具合だ。そして、面倒かもしれないが、細々とした財産についても記しておく。これは、「わずかであっても行き先が決まっていないものがあれば、話し合いが必要になる」からだと、竹内さんは解説する。
子の心遣いに報いるにも遺言書は有効
2人の子がいて、長男は都会に出たきり疎遠になっているが、近くに住む長女は80歳を迎えた自分の家に時々訪ねては、話し相手になってくれる。ならば長女に、より多くの財産を相続させたいと考えるのは人情というもの。
しかし、遺産分割が裁判所で取り扱われるとき、長女のこうした「寄与」はなかなか認められないという。話し相手になったというだけでは、(どれほど父親は嬉しくても)民法では「特別の寄与」があったとはみなされないからだ。
たとえば、お父さんは、ヘルパーさんに週4回来てもらっていて、1ヵ月に8万円かかっていたとします。それが、娘さんが週に2回来てくれてその分ヘルパーさんの回数が減って、かかる費用が4万円になったとします。こういう場合には、寄与分が認められることになります。(本書53pより)
お金に換算できない長女のやさしさに報いたい気持ちは、遺言書には反映できる。
1 預金のうち2000万円を長女春香に相続させる。
2 その余のすべての財産は長男雅夫に相続させる。
というふうに。
ちなみに、相続法の改正により「特別寄与料」の制度が設けられた点にも言及されている。これは、「たとえば、息子の妻が、娘の夫が、自分の面倒を見てくれた場合にも報いよう」というもの。竹内さんは、これはできたばかりの制度で議論が十分でないと指摘。こうしたいのなら、やはり遺言書に記すのが望ましいという。
新たに始まった自筆証書遺言書保管制度
2020年7月より「自筆証書遺言書保管制度」がスタートした。これは、自筆の遺言書(原本と画像化データ)を、法務局の遺言書保管所が50年間保管してくれる仕組みで、手数料として3900円かかる。
竹内さんは、自筆のシンプル遺言を作成した場合、この制度の利用をすすめている。
これまで、自筆の遺言書は紛失したり隠されたりしてしまうおそれがありましたが、法務局が保管すれば、その心配はありません。それから、自筆の遺言書は、書いた人が亡くなった後、家庭裁判所で「検認」という手続きを行う必要がありますが、遺言書保管制度を利用した場合は検認が不要となるのです。(本書26~27pより)
この申請には、自身が法務局に遺言書を持参し、身分証明書の提示を求められるが、その際に形式面のチェックをしてくれるので、信頼性が増すメリットもある。また、申請後にマンションを購入するなどで財産の内容が大きく変わった場合、新たに書き直した遺言書と取り替えることも可能だ。
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佐々木さんは、本書を執筆するにあたって、まず使わない制度の説明は削り、「実際に書くことができる」ことを目標にしたという。多くの人にとっては、「シンプル遺言で十分」であり、どうしても複雑な遺言書が必要であれば、専門家に依頼すればよいとも書かれている。遺言書の必要性は承知していても億劫に感じていた人には、とても役立つ1冊となるだろう。
【今日の終活に良い1冊】
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。