「とらとら(※1)」「金比羅船々(※2)」「陣取り(※3)」と聞いてピンと来る人は遊び慣れている御仁に違いない。これらはいずれも舞妓や芸妓と楽しむお座敷遊びの名称である。そんなお座敷遊びのひとつが「投扇興」だ。しかし投扇興と言われてもいまいちピンとこない人もいるだろう。そこで今回は投扇興がどのような遊びかを中心に紹介していこう。
【基本情報】
投扇興はひとことで言うと「的めがけて扇子を投げては、的と扇子の形で点数を競っていく遊び」である。的を「蝶」、的を乗せる木箱を「枕」と呼び、扇子は一般的なものより軽めの物を使用。投扇興はこれらを使って行なわれる。
【扇子】
軽量化の為に片面張りや、骨の数が少ない専用の扇子を使う。扇子は天(扇面の真上)を前にして手放し、空中で半回転させて要(中骨の根本)の方向から蝶に当たるように投じる。紙飛行機を飛ばす要領でふわっと投じるのがコツ。
【枕】
桐の箱が使われることが多い。高さは約18cm、幅は9cm×9cmで、周りが和紙などで装飾された物も。
【蝶】
イチョウの形をした9cm×9cm四方の布張りの置物。両脇には鈴が垂らされており、底は5円玉を数枚入れ錘としている。
【ルール】(※諸派によって差異はあり)
緋毛氈(料亭や座敷に見られる赤い敷物)の中央に枕を置き、その上に蝶を乗せる。枕から90cm離れた場所で正座をしながら扇子を投じ、蝶と扇子の織り成す形で点数が決定。これを交互に10回繰り返しては合計点を競う。
【形・点数】(※諸派によって差異はあり)
合計54種類存在。それぞれ源氏物語の各巻に由来する名前が付けられており、最高得点は「夢浮橋」の100点。下は無得点の「花散里」「手習」や、枕を倒してしまう形である「野分」のマイナス30点まで。大まかに言ってしまえば難しい、珍しい形が高得点となり、具体例を挙げると100点が付けられている夢浮橋は「落ちた蝶が立ち、枕と立った蝶に扇子が掛かっている」状態のことを指す。また落ちた蝶の形でも得点が変わり、扇子が枕に乗り落ちた蝶が“倒れている”状態だと「澪標」で35点、落ちた蝶が“立っている”状態だと「桐壺」で75点といった具合。
以上のように感覚的にはボーリングやダーツに近い投扇興は、江戸時代中期に始まった日本ならではの雅な遊びであった。的を目掛けて扇子を投げるだけという単純な遊びでありながらも、なかなか雅で奥が深そうである。
(※冒頭のお座敷遊び解説)
(※1)とらとら――踊りに合わせて行なう形態模写じゃんけん。屏風を立てふたりの間を区切り、和藤内(槍を持つ武将)、虎(四つん這い)、老婆(杖を突く格好)の三すくみで勝敗を楽しむ。
(※2)金比羅船々――机を中心に向かい合ったふたりが「こんぴらふねふね」の歌に合わせ、机の上にある小物目掛けて餅つきの要領で交互にテンポ良く手を添えていく遊び。相手がその小物を取った場合はグーで対応し、そのままならパーで小物に触れる。間違えたら負け。
(※3)陣取り――芸・舞妓と二人一組となり二組以上で対戦。新聞紙の上に立ち、じゃんけんで負けた方の新聞紙は半分に折られる。これを繰り返し、立っていられなくなったら負け。
文/田中十兄