選評/林田直樹(音楽ジャーナリスト)
1923年ドイツに生まれ、ナチスから逃れてからはアメリカを中心に活躍、ボザール・トリオの一員として室内楽の世界で活動を続けてきたピアニストのメナヘム・プレスラー。2008年にトリオを解散してからはソロ演奏で脚光を浴びている。
94歳、現役最長老の彼が、新録音『月の光 ~ドビュッシー、ラヴェル、フォーレ:作品集』を発表した。
すべての音に意志の通った、確かな感触。一つ一つの音が、まるで宝石のように本物の品格を漂わせている。「月の光」や「アラベスク」といった、あまりにも有名な曲が、全然当たり前の曲に聴こえない、何か奇跡でも耳にしているのではないか、と思われるほどの名演奏である。
昨年の来日リサイタルでは介助の女性が終始付き添い、歩くのも座るのもやっとだったが、ひとたびピアノを弾き始めると、美の極致ともいえる音楽を聴かせてくれたのを思い出した。
老人とはここまで美しくなれるものなのだろうか。
【今日の一枚】
『月の光~ドビュッシー、ラヴェル、フォーレ:作品集』
メナヘム・プレスラー(ピアノ)
2017年録音
発売/ユニバーサル・ミュージック
電話/045・330・7213
商品番号/UCCG-1792
販売価格/2800円
文/林田直樹
音楽ジャーナリスト。1963年生まれ。慶應義塾大学卒業後、音楽之友社を経て独立。著書に『クラシック新定番100人100曲』他がある。『サライ』本誌ではCDレビュー欄「今月の3枚」の選盤および執筆を担当。インターネットラジオ曲「OTTAVA」(http://ottava.jp/)では音楽番組「OTTAVA Salone」のパーソナリティを務め、世界の最新の音楽情報から、歴史的な音源の紹介まで、クラシック音楽の奥深さを伝えている(毎週金18:00~22:00放送)
※この記事は『サライ』本誌2018年6月号のCDレビュー欄「今月の3枚」からの転載です。