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伝説の棋士・阪田三吉が語った「大局観」の見事な解説【漱石と明治人のことば251】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】

「あんたら、五尺の高さで物を見ますやろ。そやから目の前の火事しか見えへん。そこへいくと、わては五重の塔の上に立っとるさかい、大阪中の火事がみんな見える。その違いや」
--阪田三吉

将棋棋士の阪田三吉は、舞台や映画、歌謡曲にもなった『王将』のモデルである。掲出のことばは、その阪田が自身の大局観について周囲に語ったもの。名人上手は、目の前の局面だけにとらわれず、大所高所から先の先までを見通している。それを、彼ならではの、身近で実質的な言い回しで伝えている。升田幸三著『名人に香車を引いた男』より。

阪田は、明治3年(1870)和泉国大鳥郡(現・大阪府堺市)の生まれ。家が貧しかったためか、半年しか小学校に通っていない。とはいえ、頭の回転がよくて負けず嫌い。近所の大人たちがやっている縁台将棋を見て、将棋を覚え、たちまちのうちに棋力を上げていった。

生涯のライバルとなる東京の関根金次郎と出会うのは、24歳の頃。武者修行のため西日本を回っていた関根と対戦し、苦い敗戦を喫するのである。

この敗戦が阪田の棋士魂に火をつけた。「本当の将棋指し」になると決断した阪田は、それまで以上に将棋に打ち込む。いつしか、西の阪田と東の関根は、並び立つほどの存在となった。

将棋は当時の政財界において、社交のツールでもあった。阪田は乞われてあちこち指導に歩く。そうやって一流の人士とふれあううち、耳学問でさまざまなことを吸収したのだろう。それが、将棋道への一途な打ち込みと相俟って、いつか阪田は自分なりの人生哲学のようなものを身につけていった。

阪田が60歳を前にして大阪朝日新聞に口述筆記の形で連載した『将棋哲学』は、随所に滋味深いことばが並ぶ。このあたり、舞台や映画に描かれた奇人変人ぶりとはだいぶ異なる深い人間性が読みとれる。以下に、その一部を紹介する。

「蓮根をポキンと二つに折ると、蜘蛛の糸よりも細い糸が出る。その細い糸の上に人間が立っているとしたらどうか。立とうとて立てるものではないが、確かに蓮の糸の上に立ったのだ。一切の力が抜けて身体から脱けだして駒に吸いこまれてしまうと同時に細い糸の上にも立って歩ける、というふうにならなければ本当の将棋ではない。そんなとき打つ駒に音の出るはずがない。響きのするはずがない。音をさせるのは心もちが本物ではないからだ」

「心というやつはコロコロ転げるのでこころやそうやが、全く妙なもので、瞬くうちに鬼にもなれば仏にもなる。瓢箪から駒が出たり剣がでたり、地獄、極楽から人間界を転がり回ってやっと落ち着くことができた。そのうちにだんだん気持ちが澄んでくる。濁った米の研ぎ水を、きれいな流れがスーッと洗い清めてゆくように、心のうちが冴え冴えしてきた。冴えた心に月宿るで、心が冴えてくるにつれて、不思議に先の手が読めだした。何百手の先の先まではっきりと」

今日発売のサライ本誌では、この阪田三吉をはじめ、升田幸三、大山康晴という将棋界の「鬼才」たちを特集。その魅力的生涯と、将棋史に残る名勝負や事件、名言の数々を紹介している。

ご興味のある方は、ぜひ御覧ください。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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