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前列中央から時計回りに、ご飯、野蕗のきゃらぶき、煎り豆腐(人参)、鶏そぼろ、漬物(胡瓜と人参の糠漬け・壬生菜・刻み沢庵)、焼き海苔、ごんげん蒸し、大根おろし(葱・鰹節・胡麻)、納豆(葱)、絹さやの浸し(鰹節)、味噌汁(豆腐・若布・葱)、中央右は焼き鮭、左は蒲鉾と山葵漬け。今朝は小鉢に盛っているが、常備菜のきゃらぶきや煎り豆腐、鶏そぼろ、加えてごんげん蒸しなどは大皿で登場し、取り分けていただくことが多い。絹さやは昨夜の残りを浸しに。蒲鉾は、山葵漬け(静岡『野桜本店』の激辛口)をつけて食す。焼き海苔は東京・品川の『みの屋海苔店』のものを愛食。焼き海苔とごんげん蒸しの器の模様は、定紋である揚羽蝶。

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「相場も、いつか下がるときがあるし、上がるときがあるものさ」(勝海舟)【漱石と明治人のことば19】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「上がった相場も、いつか下がるときがあるし、下がった相場も、いつかは上がるときがあるものさ」
--勝海舟

これは、経済市場における株価の話ではない。人物の評価についての話である。勝海舟はつづけて、

「その上がり下がりの時節も、長くて十年はかからないよ。それだから、自分の相場が下落したとみたら、じっとかがんでおれば、しばらくすると、また上がってくるものだ」

「世間の相場はまあこんなものさ。その上がり下がり十年間の辛抱ができる人は、すなわち大豪傑だ」

とも述べている。『氷川清話』より。

勝海舟の生涯も浮き沈みがあったが、それ以上に彼の身辺で毀誉褒貶が顕著だったのは、江戸城明け渡しに際し会談相手ともなった西郷隆盛だろう。

西郷は薩摩藩主・島津斉彬に可愛がられ頭目をあらわしながら、斉彬没後は島流しされるなどの憂き目にあう。復帰して戊辰戦争では討幕軍の中心的存在として活躍し、明治新政府の参議兼陸軍大臣ともなるが、西南戦争で逆賊に。それでも、庶民の人気は高く、明治天皇もひそかに信望を持ちつづけており、明治22年(1889)の大赦で復権した。

平凡に見える誰しもの人生にも波はある。それを乗り切る辛抱が肝要ということだろう。

ちなみに、勝海舟は明治32年(1899)まで生きたが、夏目漱石にとってもどこかでひと時代前の歴史上の人物といった感覚があったらしく、明治44年(1911)に親戚の結婚披露宴の席上でその娘を見かけたとき、思ったよりも若々しく髪も黒々としているのに驚く一幕もあった。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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