従二位家隆(じゅにいいえたか)、本名は藤原家隆(ふじわらのいえたか)といいます。平安末期から鎌倉初期という激動の時代を生き抜いた人物で、官位は従二位にまで昇り、「従二位家隆」と呼ばれるようになりました。
歌人としての師は、あの藤原俊成(ふじわらのとしなり)です。俊成は「幽玄」(ゆうげん)の美を追求した平安歌壇の大家であり、その息子があの藤原定家(ふじわらのさだいえ)。つまり家隆は、定家と同門のライバルであり、ともに後鳥羽院(ごとばいん)の歌壇を支えた双璧でした。
また、家隆は長寿でも知られ、80年近い人生のなかで多くの秀歌を残しました。晩年には出家し、和歌の道に心を尽くした人物としても語られます。百人一首に選ばれたのも、その確かな実力と格調の高さゆえです。

従二位家隆の百人一首「風そよぐ~」の全文と現代語訳
風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける
【現代語訳】
風がそよそよと吹き、楢(なら)の木々の葉を揺らすならの小川の夕暮れ時。秋のような涼しい風が吹いているけれど、禊(みそぎ)をする人々の姿こそが、ここはまだ夏なのだと教えてくれるものだなあ。
『小倉百人一首』98番、『新勅撰集』192番におさめられています。この歌は前関白藤原道家の娘、竴子(しゅんし)が後堀河天皇のもとに入内したとき、年中行事の屏風歌として詠まれたものです。
「ならの小川」とは、京都の上賀茂神社(賀茂別雷神社)の境内を流れる川のことです。また、「なら」には植物の「楢(なら)」の葉が掛けられています。旧暦の六月三十日(現在の八月上旬頃)、人々は半年間の罪や穢れを祓うために水辺で禊を行いました。
暦の上では明日から秋。すでに秋の涼しい風が吹いているのに、目の前では夏の行事である禊が行われている。過ぎゆく夏への名残惜しさと、訪れる秋への期待が交差する、一瞬の美しさを切り取っています。

従二位家隆が詠んだ有名な和歌は?
家隆の才能は、百人一首の歌だけにとどまりません。彼の感性が光る、他の有名な和歌を二首紹介します。
花をのみ 待つらん人に 山里の 雪間の草の 春をみせばや
【現代語訳】
桜の花ばかりを心待ちにしている人に、山里の雪間に芽吹いた若草の、本当の春の訪れを見せてあげたいものだ。
『壬二集』に収められています。この歌は、のちに茶道の大成者である千利休に深く愛され、「わび茶」の精神を表す歌として茶の湯の世界で非常に重宝されました。華やかな桜だけでなく、雪の下でひたむきに命を育む草に「真の春」を見出す家隆の美意識は、現代の私たちの心にも深く響きます。
志賀の浦や 遠ざかりゆく 波間より 氷りて出づる 有明の月
【現代語訳】
志賀の浦(琵琶湖のほとり)で、遠ざかっていく波の間から、まるで凍りついたように冷たく冴え渡った有明の月が昇ってくることだ。
『新古今和歌集』639番に収められています。冬の厳しい寒さと、水面に映る月の鋭い美しさが目に浮かぶような一首です。家隆が得意とした、力強くスケールの大きな情景描写が存分に発揮されています。

従二位家隆、ゆかりの地
従二位家隆にゆかりのある場所を紹介します。
伝藤原家隆墓(家隆塚)
大阪市天王寺区にあります。晩年、出家した家隆は、西に沈む美しい夕陽を見て極楽浄土を願う「日想観」(にっそうかん)を行うため、大阪の四天王寺の近くに移り住み「夕陽庵」(せきようあん)を結びました。彼が夕陽を愛でたこの地は、現在でも「夕陽丘」という美しい地名として残されています。
そこには「家隆塚」があり、彼が静かに祈りを捧げた日々を偲ぶことができます。昭和51年(1976)に大阪府史跡に指定されています。
最後に
従二位家隆は、百人一首のなかでも、華やかさよりも静けさ、強さよりも気品を感じさせる歌人です。「風そよぐ~」の一首には、夕暮れの風、清らかな神事、そして去りゆく夏へのまなざしが込められています。若い頃には地味に感じるかもしれませんが、年齢を重ねるほど、その含蓄がしみじみとわかってくる歌といえるでしょう。
※表記の年代と出来事には、諸説あります。
引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)
アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com
●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp











