
ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第22回では、上月城(兵庫県佐用町)の攻防が描かれました。播磨は、織田信長領国と毛利領国の間で、翻弄された地域になります。織田信長(演・小栗旬)に対抗した毛利家は、若き当主毛利輝元(演・濱正悟)をふたりの叔父、吉川元春(演・こばやし元樹)と小早川隆景(演・山本浩司)が支えるという構図です。別所一族と同じですね。
編集者A(以下A):別所一族も若き当主別所長治(演・下川恭平)を賀相(よしちか/演・田中美央)と重棟(しげむね/演・忍成修吾)が支えていましたが、毛利家のように一枚岩ではなくて、賀相が毛利寄り、重棟が織田寄りということで、家中が分裂していたようです。そういう状況の中、前週の第21回で、石田佐吉三成(演・松本怜生)を侍女が取り合う様子を描いてわかりやすく例えていましたが、織田と毛利のどちらにつくのかというのが家の存亡をかけた選択になるという展開になっているわけです。
I:前週、上月城を落城させて、秀吉(演・池松壮亮)は尼子勝久(演・渡邉蒼)を入城させました。尼子一族は、もともと近江を支配していた六角・京極氏と同根の佐々木一族ですが、西日本の8か国を領有して、毛利元就と西日本の覇権を争った好敵手です。
A:西日本では応仁の乱以降、山口を拠点にしていた大内氏が覇権を握り、室町幕府第10代将軍足利義稙を支援していたことでも知られています。義稙が京都を追われて流浪していた頃からの「支援者」で、義稙が15年ぶりに将軍職に復帰した際も領国を離れ京都に滞在していました。そのため、長く領国を離れていたこともあって、やがて陶晴賢らに敗北し、大内氏は没落してしまいます。その隙を狙って勢力を増していったのが毛利元就。尼子氏は元就との攻防に敗れて没落してしまったということになります。
I:尼子氏と同じ近江の佐々木一族の六角氏もこの時期に没落していきますから、名門受難の時代ではありました。
足利義昭が滞在していた鞆の浦
I:ということで、尼子再興を期して上月城に入った尼子勝久、山中鹿之介幸盛(演・廣瀬友祐)ですが、毛利の大軍に囲まれます。劇中で竹中半兵衛(演・菅田将暉)がいっていた通り、上月城に籠城していた人間が磔刑(たっけい)に処されたことで、毛利陣営が奮起したのかもしれません。
A:尼子勝久に従っていた山中鹿之介幸盛の首塚が、広島県福山市の鞆の浦(とものうら)にあります。討ち取られた高梁(現在の岡山県高梁市)からの距離はおおよそ63km。なぜ首が長旅をしたのでしょうか? 現地の首塚には、「戦国時代の終わり、毛利氏に滅ぼされた尼子氏の家臣山中鹿之介は、主家の再興を願い兵を挙げました。1578(天正6)年岡山県の高梁川阿井の渡で討たれ、毛利輝元や足利義昭に首実検をされました。岡山県の阿井の渡には胴塚があります」と記す案内板があります。
I:足利義昭! 『豊臣兄弟!』では尾上右近さんが好演していました。でも、義昭は1573年に京都を追放されていたはずです。
A:実は、織田信長から追放された将軍足利義昭は、このとき毛利氏の庇護のもと鞆の浦にいました。信長によって京都から追放されましたが、「征夷大将軍」の位を剥奪されたわけではなく、未だ現職将軍でした。鞆の浦に御所を設け、「鞆幕府」とも称される陣容を整えていたともいわれています。毛利家当主毛利輝元は「副将軍」と遇されました。秀吉が落城させ、尼子勝久と山中鹿之介を城主としておいていた上月城は、毛利軍に攻められ落城します。尼子勝久は切腹して果て、再起を図った山中鹿之介幸盛も毛利軍に捕らえられ、斬首されます。その首が、足利義昭のもとに送られたため、今でも鞆の浦に「山中鹿之介首塚」が遺されているというわけです。
I:首実検のために義昭のもとに首が運ばれるとは、将軍としての体裁がまだ残されていたのですね。ということは、まだまだ京都に復帰する野望を捨てていない。京都復帰に15年もかかった第10代将軍足利義稙が想起されます。
A:京都復帰するまで流浪した10代将軍足利義稙も一時、鞆の浦に在陣していたそうです。その義稙を支えていたのが周防の大内氏。大内氏の領国はほぼ毛利領になっていますから、足利義昭からすれば「鞆の浦~大内氏の領国を奪った毛利氏の支援」で足利義稙のように京都に復帰することを夢見ていたことでしょう。ちなみにこの頃は京都から追放されてまだ5年ほどですから、「まだまだこれから」という思いだったと思われます。鞆の浦には幾度も訪れていますが、足利家ゆかりの地ですし、幕末には坂本龍馬も滞在するなど、歴史の宝庫。足利義昭を偲んでまた行きたくなりました。ほんとうはもっともっと足利義昭に登場してほしいんですけどね。
I:鞆の浦は以前、万葉学者の上野誠先生のおともで瀬戸内海を帆船で旅した際に寄港して、散策したことがあります。のどかな港町ですが、ここに幕府がおかれた時期があったんだと、海を眺めながら感慨深く思いました。また行ってみたいです。
●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











