「写楽の正体」をどう扱うか
I:森下さんは、取材会の中で、一橋治済と斎藤十郎兵衛との「入れ替え」についても語ってくれました。当初の構想を変更したそうです。
かたき討ちの話ですが、実は途中で方向性が変わって、当初考えていた出口とは違うことになりました。当初の構想は、蔦重が写楽の謎を残す、という感じでした。斎藤十郎兵衛の名が出るまでの謎かけです。何も残っていなくても、謎が残っていれば、人はそれを解こうと探しますよね。写楽は誰か、という問題に、後年、みんなが走りまわされました。時代を超えた仕掛けを蔦重が作ったんじゃないかって。治済へのかたき討ちをそういう形にしようって。今生では下せないけれど、隠れていて、権力を振りかざした者に歴史が制裁を下す。一生懸命生きた人のことは残る、それこそがかたき討ちだ、と。
でも、それって観念的過ぎるし、どうもすっきりしない。すっきりさせる方法はないかと考えて、今の方法をとりました。
A:つまり、森下さんは当初、現代にいたるまで論争になっていた「写楽の正体」のなぞかけは、蔦重が仕組んだことだった、という物語にするつもりだったのが、話を書き進める上で、物語の上でもある程度、見る人が納得のいく形で「写楽の正体」について決着をつけたい、と思ったということですね。斎藤十郎兵衛という存在もきっちり描きつつ、その背景は実はこうだった、という種明かしを創作したということになります。
I:私的に、今回ちょっとおもしろかったのは、松平定信が耕書堂に蔦重を訪ねていった時に、「イキチキドフキキテケミキタカカカッタカノコダカ」といった時です。
A:一瞬聞き取れませんでしたよね。蔦重も戸惑ったので、定信がもう一度言ってくれて、それでようやく、ああ、となりました。
I:「いキちキどフきキてケみキたカかカったカのコだカ」。「いちどきてみたかったのだ」の間に、「ききふきけきかかたかこか」を入れ込んで、かつ早口言葉みたいにいっていましたね。あれ、井上祐貴さんは練習するのが大変だったろうなと思うと、定信の照れ隠しと井上さんのご苦労を想像して二重におかしかったです。

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。11月10日に『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』も発売。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











