夢なのか現(うつつ)なのか……

治済に薬を飲ませ、追放する。(C)NHK

I:さて、そっくりさんを替え玉にするという設定は衝撃的だったのですが、素行のよくない主を追放するというのは、江戸時代には「主君押込め」ということで、わりと頻繁にあったようですね。

A:江戸時代ではないですが、大河ドラマで描かれた有名な場面では『武田信玄』(1988)で、中井貴一さん演じる武田晴信(後の信玄)が父である信虎(演・平幹二朗)を駿河国に追放するという印象的な場面がありました。江戸時代にも、伊達政宗の孫にあたる仙台藩主伊達綱宗などが押込めにあっていますね。お家を守る=家臣の雇用を守るためには「悪い主」は追放したほうがいいという考えは根付いていたのだと思います。

I:そもそも一橋治済が追放されるきっかけになったのが、平賀源内(演・安田顕)の死に関与して、徳川家基(演・奥智哉)や田沼意知(演・宮沢氷魚)の暗殺、老中松平武元(演・石坂浩二)の毒殺など、治済に陥れられた人物は多数にのぼるという設定でした。それが露見したということであれば、押込められても文句はいえない状況でした。

A:阿波徳島藩お抱えの能役者・斎藤十郎兵衛を替え玉にするという驚天動地の設定も「夢噺」だと思えば、ストンと受け入れられましたし、「主君押込め問題」までを想起すると、実はよくできたストーリーだと感嘆させられます。この「蔦重栄華乃夢噺」という副題については、以前も言及しましたが、研究者や愛好家がすぐに連想したのが恋川春町作の黄表紙『金々先生栄花夢』でした。

I:田舎から上京してきた金兵衛という青年が目黒不動尊に参詣した際に、名物の粟餅を食べようと注文する。ところが蒸しあがるまでに時間があったためについうたた寝してしまう。そのうたた寝する間に夢を見て、妓楼などで大盤振る舞いをするなど「夢のような」体験をする、という話ですね。

A:夢ですから、結局目が覚めて現実世界に引き戻されるんですけどね。朋誠堂喜三二(演・尾美としのり)の『見徳一炊夢(みるがとくいっすいのゆめ)』も同様に夢を見ている間に起きた出来事をベースにした物語。『べらぼう』の時代の戯作では「夢」がキーワードのひとつでした。

I:いずれも中国の戦国時代の荘子の故事「胡蝶の夢」を源流としているといわれていますね。荘子(荘周)が夢の中で蝶々になって気持ちよくひらひらと飛んでいる。ところが目が覚めると自分は蝶々ではなく人間の荘子だった。さっきまで気持ちよく飛んでいた蝶々は、自分(荘子)が見た夢だったのか、それとも、実は自分は蝶々で、蝶々がみている夢の中で人間の姿をしているだけにすぎないのか、いったいどちらがほんとうの自分なのかわからない――という話ですね。

A:『べらぼう』も一見ありえない展開になっていますが、これは、蔦重がみた夢を見せられているのか、それとも視聴者である私たちが夢を見ているのか――、不思議な感覚になりますね。いずれにしてもこれはこれでありだと思います。なにしろ端から「蔦重栄華乃夢噺」といわれている訳ですから。「こんな展開ありえない!」と非難するのは野暮ってものです。夢なのか現(うつつ)なのか、その間(はざま)の感覚を楽しんでほしいということだと勝手に思っています。

I:実は私たちが現実世界だと思っている「今」が実は夢の中なのかもしれないですしね(笑)。

A:そういう物語がもっとあってもいいと思うのですよ。私が子どものころから一度見たいと思っているのは、関ヶ原の戦いで、小早川秀秋が西軍を裏切らずに、徳川軍めがけて突入するという物語です。徳川家康が生け捕られ、西軍の面々の前に引き渡される場面まで、大真面目にリアルにお金をかけて壮大に描いていただきたいという願望です。邪道だというのは百も承知です。

I:誰かやってくれたらいいですね。さて、いよいよ次週最終回です。いったいどんな結末が待っているのでしょうか。

疑念を抱きながらも茶を服する治済。(C)NHK

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。11月10日に『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』も発売。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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