誰袖の身請けと土山宗次郎

身請けを喜ぶ誰袖(演・福原遥)。(C)NHK

I:今週私が印象に残ったのは、誰袖(演・福原遥)が、「いやな客のときには、いつも心の内で兄さんの顔をかぶせておりんした」と、蔦重に「告白」した場面です。

A:1979年のヒット曲『魅せられて』のような感じですか。

I:『魅せられて』は、好きな男性の腕の中で、違う男性の夢をみることを歌っていますから、誰袖の思いとは逆じゃないですかね。いずれにしても、誰袖の言葉は、花魁にまで昇ったにしても好きでもない客をとらされる女郎の悲哀。ちょっと涙腺が緩む場面になりました。そして、その流れの中で、なんと田沼意知が、表向きは土山宗次郎が身請けすることにして、誰袖を吉原から脱出させようという策を繰り出します。

A:これは、奇策ですね。大河ドラマファンの中には、いろいろ予習をしたり、放送を見てからいろいろ調べる方も多いですが、誰袖の身請けについては、土山宗次郎ということになっています。ところが、実は、田沼意知の身代わりだったという設定です。

I:本当に奇策ですね。

A:大河ドラマでは、時折、「いくらなんでもこんな設定はありえない」「時代考証の先生は了承したんですか?」ということがあったりしますが、今回は、「なるほど。そんなこともあったかもしれない」と思わせてくれます。将軍世子徳川家基(演・奥智哉)の謎の死から連綿と続く「権力簒奪計画」の流れの中に、誰袖の身請けも組み込まれているということでしょうか。

いよいよ刃傷に発展か

I:さて、獲物の矢の讒言の際には否定した佐野政言ですが、徐々に心境の変化が見て取れる様になります。

A:平賀源内の死に関与していた男が暗躍しているわけですから、本気で佐野を篭絡しようとしたら意外に簡単だったのかもしれません。一橋家も源流は紀州ですから、「御庭番的」な人間を雇用していたとしてもおかしくはないでしょう。

I:「丈右衛門だった男」は、きっと身分や名を変えながら、諜報活動に従事する立場ということですね。戦国時代から、流言飛語を駆使して世情を揺るがす「間諜」が活躍していたわけですが、その流れを汲む男が「丈右衛門だった男」ということになるのですね。

A:最後に、第五代将軍綱吉公から賜ったという「佐野の桜」が枯れたことを佐野政豊(演・吉見一豊)が怒り、そのこともまた佐野政言を気鬱にします。そのタイミングでまた「丈右衛門だった男」が登場して、「悪いのは田沼」だと吹聴します。

I:なんとも切ない場面になりました。そして、第27回の副題は「願わくば花の下にて春死なん」です。

A:有名な平安時代の歌人西行の〈願わくは花の下にて春死なんその如月の望月のころ〉ですね。西行は桜好きで知られていて、西行の歌集『山家集』の春の章には103首もの桜の歌が収録されていますが、特にこの歌が名高いです。日本人の心に寄りそう、美しい歌。人はいつか死ぬけれども、どうせなら満月の頃、桜の下で死にたいものだ、ということですが、これは本当にその通りだと感じさせます。

I:誰袖と意知が、いろんな問題が片付いたら、春には桜の下で一緒にいたいと語り合うのですが、実は桜と死が紙一重というか。

A:佐野政豊の自慢の桜の死も暗示的です。真偽は定かではありませんが、もともと、佐野の領地にあった佐野大明神を意知の家臣が奪い、田沼大明神としてしまったことも佐野を凶行に駆り立てた一因だったともいわれていました。ドラマでは、これをあえて桜の設定に置き換えているんですかね。意知と佐野の死を予感させる世界が桜によって結び付けられていて、効果的な演出です。

I:本作では、桜が頻繁にモチーフとして登場します。蔦重が耕書堂をオープンした際にも桜の木に刊行物の名を書き入れた短冊を吊るした舞台演出をしてお披露目していました。松前の藩邸で桜の木に家臣の妻をくくりつけて撃とうとする場面もありました。

A:満開の桜、散り際の桜、枯れた桜と、人生を桜に投影しているかのようですね。さて、肝心の刃傷事件が起きたところで第27回はおしまい。次は選挙特番で1週お休みですので、気になる続きまでは2週間待たなければなりません。

I:選挙の日程が確定していなかったとはいえ、なんという仕打ちでしょう。

元は「佐野の桜」だった「田沼の桜」を見上げる佐野政言(演・矢本悠馬)。(C)NHK

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

1 2

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2025年
8月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店