【親孝行物語】「ずっと若いと思っていたけれど、気がつけば老人になっていた…」資産を失った78歳男性が家族に昔の記憶を伝える理由～その２〜

「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』（小学館）によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。親を旅行や食事に連れて行くことが親孝行だと言われているが、本当にそうなのだろうか。

2025年は、「終戦80年」かつ「昭和100年」の節目の年だ。全国で戦没者追悼の式典が行われている。メディアでも戦争経験者の証言の特集が増え、戦争の悲惨さを風化させないための意識の高まりを感じる人は多いだろう。

茂さん（78歳）は東京都23区のはずれに一人で住んでいる、祖父・父と受け継いだ自宅を、更地にして一年以内に売却し、高齢者施設に転居するそうだ。「息子（48歳）と孫の男の子（15歳）から、昔の話を聞かれるのが、とてもうれしいし、活力につながる」という。

【これまでの経緯は前編で】

バンドマンと駆け落ちした娘を迎えにいく

50代後半の茂さんは、波乱の連続だった。息子は25歳から2年間、休職して引きこもり、娘はバンドマンと駆け落ちして、コネ入社した会社を無断欠勤し続けた。しかも、娘は交際相手の男性に、800万円も貢いでいた。

「泣きながら電話がかかってきて、助けてほしいという。今どこかと聞いたら、歓楽街の風俗店にいて、迎えにきてほしいと。“なんでウチの娘が？”と思ってタクシーを飛ばすと、“彼から体を売ってこいと言われて、働こうとした”と言いました」

娘は、自分の貯金を使い果たし、さらに複数の消費者金融から借り入れをしていた。

「当時の取り立て屋は暴力的でしたからね。追い詰められた娘は体を売ろうと、試しで入店したんですって。でも、いざ仕事として店に入ったら、怖くなって家に電話したと」

店の店長は「よくある話なので大丈夫です」と言ってくれたというが、茂さんは「父親に迎えに来いという人はいないでしょうね」と苦笑い。娘が妻を頼らない理由はあった。

「妻は、自慢の一人息子が休職したショックや、娘の駆け落ちで心身に大きなダメージを受け、祈祷師に入れあげていたんです。息子を“普通”にさせるために、“御祈祷”やらに数千万円のお金を使ってしまった。家に帰ると、妻がマントラみたいなものを流しながら、1本数万円もする古代の水みたいなものを飲んでいる。僕はそんな家から逃避したくて、鬼神のように仕事をした。定年直前の火事場の馬鹿力の威力は激しく、大きなビジネスの成功に導いたのです。これで、最終的に取締役になれたのだから、人生何があるかわからない」

子供たちは、そんな父の働きっぷりと、「俺が死んだらお前たちはホームレスだ」という脅しもあり、社会復帰した。

「あのゴタゴタで、父が残した億単位の遺産の大半を無くしてしまった。個人が作った財産は、消えるようにできている。“株式会社”という“永遠の命”で資産を守らないと、すべては無になるんですよ。負け惜しみかもしれないけれど、それでよかった。子供達にとっても、余計な財産などないほうがいい」

今、息子は48歳、娘は45歳、何事もなかったかのように、職場に復帰し、家庭を築いているという。3歳年下の妻は数年前に、病気で亡くなった。

「冷え切った夫婦関係だったと思います。妻は本当は仕事がしたかったんじゃないかと時々思っているんです。当時の日本は“男は外で働き、女は家を守る”という幻想が罷り通っていた。それは、吉本隆明の『共同幻想論』の影響もあったと思うんです。僕も全共闘世代だからその影響をモロに受けた。僕はあの思想書を“国家とは共同の幻想であり、現実は家族にある”と読み取ったんです。だから、揺るぎない家庭を築こうとした。そのために、妻が仕事を辞めて家庭に入ることは“当たり前”だと思ったし、妻子にいい生活をさせてあげているという自負もありました」

妻もそんな生活に満足していたかのように見ていたが、本心は誰もわからない。ただ、妻はアルコールに溺れた時期があり、祈祷師の他に宗教にものめり込んでいたという。

【妻が亡くなったあと、息子と孫から「ばあばと出会ったところに行こう」と誘われる…次のページに続きます】