壬生忠岑(みぶのただみね)は、平安前期を代表する歌人の一人で、三十六歌仙に数えられる和歌の名手です。生没年は不詳ですが、9世紀後半から10世紀前半に活躍しました。官人としての位は生涯を通じて高くありませんでしたが、歌人として高い評価を受けました。

最初の勅撰和歌集『古今和歌集』の撰者の一人に選ばれ、同集には34首もの和歌が収められています。勅撰和歌集全体では約80首が採用され、後の藤原公任の『和歌九品(わかくほん)』では、その歌が最高位の上品上の例として挙げられています。

壬生忠岑『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

目次
壬生忠岑の百人一首「ありあけな和歌は?
壬生忠岑、ゆかりの地
最後に

壬生忠岑の百人一首「ありあけの~」の全文と現代語訳

ありあけの つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし

【現代語訳】
有明の月がそっけなく見えた。あなたの態度が(その有明けの月のように)そっけなく思われた別れから、夜明けほど私の運命を辛く思う時はない。

『小倉百人一首』30番、『古今和歌集』625番に収められています。「有明の月」とは、夜明け近くまで空に残る月のことです。「つれなく見えし」は、「冷淡だった」という意味で、月にも別れにもかかる表現です。月にかかる場合、「別れを惜しむ二人の上で、有明の月がそっけなく見えていた」という情景を描写し、別れにかかる場合、「冷たい態度を取られた別れの日、それを有明の月が見ていた」という解釈が成り立ちます。

平安時代の男女の逢瀬は、男性が夜に女性の家を訪れ、夜明け前に帰るのが習わしでした。この歌は、女性に冷たくされて帰らざるを得なかった、あるいは別れを惜しみながらも帰らねばならなかった経験を詠んでいます。

どちらの解釈にせよ、その別れ以来、夜明け前の時間ほどつらいものはないと嘆く心情が、「暁ばかり憂きものはなし」という言葉に凝縮されています。

壬生忠岑『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

壬生忠岑が詠んだ有名な和歌は?

三十六歌仙の一人として知られ、和歌の名手である壬生忠岑。有名な歌を紹介します。

かささぎの わたせる橋の 霜の上を 夜半に踏み分け ことさらにこそ

【現代語訳】
天上の階段に置いた霜の上を、夜更けにふみ分けて、わざわざうかがいました。よそに行ったついでではございません。

この歌は、歌物語である『大和物語』に登場します。藤原定国が酔って、藤原時平の邸宅に夜遅くに押しかけた際、随身であった忠岑が機転を利かせて詠んだ歌です。「かささぎの渡せる橋」は天の川伝説を踏まえ、「霜の上を夜半に踏み分け」という表現で、わざわざここに来たことを強調しています。

大伴家持の「かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける」という本歌を巧みに取り入れながら、状況を機知に富んだ歌で説明し、左大臣の機嫌を取ることに成功しました。

春たつと いふばかりにや み吉野の 山もかすみて 今朝は見ゆらむ

【現代語訳】
春になったと、そう思うだけで、山深い吉野山もぼんやりと霞んでいかにも春めいて今朝は見えるのだろうか。

この歌は、暦の上では春になったものの、本当の春の到来を感じさせる景色が吉野山に霞んで見える様子を表現しています。前述したように、藤原公任の『和歌九品』で最高位の上品上に選ばれ、言葉の使い方の絶妙さと余情豊かな表現が高く評価されています。『拾遺和歌集』の巻頭を飾っています。

壬生忠岑、ゆかりの地

壬生忠岑のゆかりの地を紹介します。

壬生寺(みぶでら)

京都市中京区にある壬生寺は新撰組ゆかりの寺としても有名です。寺宝の一つである「壬生忠岑の石硯」は、かつて忠岑の邸宅跡から発掘されたと伝えられています。紫色の石でできた硯には、忠岑の文字が刻まれており、旅硯と呼ばれる携帯用の硯であったとされています。

最後に

壬生忠岑の歌は平明ながらも深い情感をたたえ、現代の私たちにも響くものがあります。息子の壬生忠見も和歌に秀で、百人一首に名を残しています。忠岑の歌を通して、平安時代の文化や心情に触れ、その奥深さを味わっていただければ幸いです。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

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