印象派の聖地ノルマンディの旅、第3回は、10代のモネが絵の先生ヴーダンに学んだ農園(現在は高級オーベルジュ)、「印象派」の名前の由来になった名作「印象、日の出」をモネが実際に描いたル・アーブルの港、数多くの連作を描いたノルマンディの海岸を巡ります。

オンフルールにある旧「サンシメオン農園」は、17世紀に建てられた藁葺きのノルマンディ風農家。ここでモネは、彼の戸外制作の師ヴーダンと制作に勤しんだ。

オンフルールの「サンシメオン農園」

印象派の巨匠、クロード・モネは、1840年にパリで生まれましたが、幼い頃にノルマンディの港町ル・アーブルに移ります。ル・アーブルはセーヌ川の河口に位置し、セーヌ川に沿って1847年にパリからル・アーブルまでの鉄道がひかれて、パリの外港として発展をし始めます。

1857年、16歳の少年モネは、ル・アーブルで画材店を経営していたウジェーヌ・ヴーダン(1824~1898)に出逢います。このヴーダンから、モネは絵画の戸外制作の方法を学んだと言われます。その制作の場となったのが、ル・アーブル近郊の漁港オンフルールの「サンシメオン農園」(農家民宿)です。

カラフルな港町オンフルールには、ノルマンディ特産の林檎酒のブランデー「カルバドス」と、名物「ムール貝の白ワイン蒸し」を出すビストロが並んでいる。

「フランスで最も美しい港町」の一つと言われるオンフルール。案内していただいたのは、オンフルール観光局のジュリー・デモアさんです。

「当時、サンシメオン農園は林檎などの農園を兼ねた民宿で、バルビゾン派の画家たちやヴーダンたちが集い、絵画制作を共にしていて、若きモネも通ったのです」(ジュリーさん)

ヴーダンは、ル・アーブル近郊の漁港オンフルールの水夫の家に生まれましたが、隣接するル・アーヴルに転居し、画材屋を開業しました。ヴーダンの店は、農民画で著名なバルビゾン派の画家ジャン=フランソワ・ミレーやコンスタン・トロワイヨンらが常連客でした。ヴーダンは、彼らに感化され、画業に専念することを決心。画材店を経営していたブーダンは、当時発明されたばかりの「チューブ式絵の具」を使い、特に戸外での制作を重視し、屋外で移ろいゆく大気や空模様を写し取りました。ノルマンディーを拠点として、多くの海岸や海と空の景色を描いています。

ヨットや漁船の並ぶオンフルールの港から、細い坂道を登って10分ほどの街外れの高台に「サンシメオン農園」はありました。

『フェルメ・サンシメオン』の母屋には、メインダイニングと宿泊施設がある。
ダイニングの右側にある黒い木製の大テーブルは、モネやブーダンたちが実際に当時、飲食を楽しんでいたものを使っていると言う。

「現在、ここは『フェルメ・サンシメオン』という高級オーベルジュ(レストラン兼ホテル)になっていますが、モネやヴーダンたちが絵画制作に励んでいた当時の農家が、今はビストロとして保存活用されています」(ジュリーさん)

ビストロの壁に飾られているモネの作品《小さな馬車、オンフルールの雪道》(1867年頃、オルセー美術館蔵)の模写品には、当時のサンシメオン農園の建物が見えます。雪道の左側に描かれている建物が、現在の建物と屋根の形が同じであることが分かります。

ビストロに飾ってある、モネの《小さな馬車、オンフルールの雪道》(模写)には、当時の「サンシメオン農園」の姿がある。

ヴーダンは、ノルマンディの海と空を描き、バルビゾン派の画家カミーユ・コローからは「空の王者」と讃えられ、「波のヴーダン」とも呼ばれます。当時の画家たちの登竜門、官展にも繰り返し入選を果たします。しかも、1874年の第一回印象派展にも、ブーダンは出品しています。サン・シメオン農園には、モネのほかにも、ピサロ、シスレーなどの印象派画家が訪れたとも言われます。

庭園に立てられたモネの《印象、日の出》の模写。遠くにル・アーブルの街と港が見える。

印象派誕生から150周年を記念して、農園内には、当時の画家達が戸外制作に勤しんだ情景を復活するモニュメントが飾られていました。モネの名作《印象、日の出》(1874年、マルモッタン・モネ美術館所蔵)の模写も、日の出を実際に描いたル・アーブルの街を望む庭に立てられていて、往時の画家たちの息吹が偲ばれました。

ル・アーブルの埠頭で描かれた《印象、日の出》

次に、そのル・アーブルにある「マルロー美術館」を訪ねました。そこは、モネが《印象、日の出》を実際に描いた場所のほど近くにあります。

モネが名作《印象、日の出》を実際に描いた場所から見た、ル・アーブル港の日の出。マルロー美術館から歩いて5分ほどの海岸沿い。

1873年の冬、現在のマルロー美術館から海岸沿いに西へ500mほどのところにあったホテルに、モネは父親の看護のために泊まり込んでいました。そしてホテルの窓から、ル・アーブルの港に浮かび上がる日の出を見て、《印象、日の出》のスケッチをし、出来上がった作品を1874年4月にパリで開かれた「第一回印象派展」に出展します。それを見た評論家が「単なる印象を描いてるだけだ」と揶揄したのが、「印象派」の名前の由来になりました。

マルロー美術館所蔵のモネの《睡蓮》

マルロー美術館には、ヴーダンの世界最大のコレクションのほか、モネ、ルノアール、ピサロなどの印象派の名品が数多く所蔵されています。

ル・アーブル市内からイギリス海峡沿いを北へ30kmほど行くと、モネ、ヴーダンをはじめ、多くの画家が描いているノルマンディ第一の景勝地、「エトルタの断崖」があります。この石灰岩の白亜の断崖を、モネは50枚以上の連作に描いています。

ヴーダンの絵筆のタッチとモネのそれは、特に空や海の描き方に共通する要素が感じられます。ふたりの「エトルタの断崖」を参照ください。

モネの《エトルタの断崖、荒れる海》(マルロー美術館所蔵)
ヴーダンの《エトルタ》(マルロー美術館所蔵)
「エトルタの断崖」。先端が尖った「針岩」は、エトルタ出身の作家モーリス・ルブランの小説『奇岩城』で、怪盗ルパンの隠れ家のモデルとなりました。

エトルタの更に北には、やはりモネが連作を描いている、「フェカンの断崖」もあります。

「フェカンの断崖」。ノルマンディ各地のモネや印象派が描いた場所には、作品のモニュメントが立っています。

ノルマンディの海岸は、正に印象派の描いた風景が、今もそのまま残っている聖地なのです。

●オンフルール観光局公式サイト(日本語あり)
https://www.ot-honfleur.fr/ja/

●フェルメ・サンシメオン公式サイト(英語あり)
https://www.fermesaintsimeon.fr/en/

●ル・アーブル観光局公式サイト(英語あり)
https://www.lehavre-etretat-tourisme.com/en/

●ノルマンディとパリ地方~印象派を巡る旅
https://voyagesimpressionnistes.com/en/

取材・文・撮影/福田 誠

 

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