文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1148083)に続き、「名言」を紹介します。今回はジャズ・ミュージシャンの言葉。

音楽は終わってしまえば消えてしまい、二度ととらえることはできない

この発言を残したのはエリック・ドルフィー。アルバム『ラスト・デイト』の最後の演奏のあとに、本人の「声」で残されています。さまざまに訳されていますが、出典が明確ということもあり、ジャズ・ミュージシャンの「名言」としてはもっともよく知られるもののひとつでしょう。


エリック・ドルフィー『ラスト・デイト』(Limelight)
演奏:エリック・ドルフィー(フルート、アルト・サックス、バス・クラリネット)、ミシャ・メンゲルベルク(ピアノ)、ジャック・ショールズ(ベース)、ハン・ベニンク(ドラムス)
録音:1964年6月2日
もともとラジオ放送用音源ということもあってか、ドルフィーはフルート、アルト・サックス、バス・クラリネットのすべてを使って演奏しており、まさにドルフィーのスタイルのショーケースといえるものになっています。なお、オランダFontanaレーベル版のCDはジャケットがこれとは異なりますが、内容は同一です。

「名言」を文字にすると、こうなります。

When you hear music after it’s over, it’s gone in the air, you can never capture it again.

ジャズ演奏の一回性、ジャズという音楽の特徴を端的に表した、まさに名言だと思います。

エリック・ドルフィーは1928年、アメリカ、ロサンゼルス生まれ。幼少時より音楽を学び、大学時代からジャズ・ミュージシャンとして活動を始めました。50年に陸軍に入隊、53年の除隊後にロサンザルスで活動を再開。54年にはクリフォード・ブラウンと共演の記録があります。58年にチコ・ハミルトン・クインテットに参加し、フルート、アルト・サックス、バス・クラリネットを同等に演奏するマルチ・ホーン・プレイヤーとして一躍その名を広く知られるようになります。その後ニューヨークに進出し、リーダーとしての活動のほか、チャールズ・ミンガス、ブッカー・リトル、ジョン・コルトレーン、オーネット・コールマンらと共演し、数々の名演を残しました。

ドルフィーの音楽、演奏はきわめて独創的で、時代のリーダー的存在のひとりでしたが、ヨーロッパ・ツアー中の64年6月29日、ベルリンで急逝しました。享年36。死因は糖尿病とされています。『ラスト・デイト』は6月2日、オランダのヒルフェルスムでラジオ放送のためにスタジオ・ライヴ形式で録音された音源で、65年初頭にリリースされました。当時は最後の公式録音とされていた音源です(後年、その後に録音された放送用音源が発見されています)。

アルバムで聴くと、演奏の最後にドルフィーが聴衆に向けて「語った」ような印象を受けますが、じつはこの発言はこの演奏時のものではありません。これは約2か月前の4月10日に、チャールズ・ミンガス・グループのツアーで訪れていたオランダのアムステルダムで行なわれたラジオ放送のためのインタヴューでの発言です。インタヴューは約5分半あり、「名言」はそこからほんの7、8秒を抜粋したものです。番組プロデューサーのミヒール・デ・ロイテルによるオリジナル盤(Fontana)のライナーノーツによれば、ドルフィーの番組は収録翌日の6月3日にオンエアされ、死去直後には追悼番組として再構成した内容で再放送されましたが、その際にこの「名言」が付け加えられたとあります。この背景を考えると、この「名言」は、「もう二度と生のドルフィーを聴くことはできない」という、番組のメッセージともとれます。ドルフィーは本当はどんなことを話していたのでしょうか?

現在、なんとその編集前のインタヴューがYouTubeで公開されています(公式なものかどうかは不明)。それを聞くと、これは本来の発言とはややニュアンスが変わる「切り取り」であることがわかります。そしてドルフィーの言葉は、これだけではない「名言」の連続なのでした。

まず、件の部分の前に、「さまざまなミュージシャンとの共演が成長につながる」という意味の発言があり、そのあとに

…because music, regardless of what it is, what label we put on, it’s basically music, and basically it’s creative, because when you think about it, …
(それが何であろうと、どんなラベルをつけようとも、音楽は音楽であり、創造的なものです。なぜならそれは……)

とあり、「音楽は終わってしまえば消えてしまい、二度ととらえることはできない」に繋がります。そして、そのあとにももう一言あります。

so it’s pure creation.
(だからそれは純粋な創造なのです)

また、アルバム収録の発言部分にも編集が施されており、「after it’s over(終わってしまえば)」は、じつは2回くり返されています。単なる言い直しかもしれませんが、強調と取れなくもありません。

さらにそのあとには「ミュージシャンの貢献は、有名無名には関係ない」といった意味の発言があり、最後はこの言葉で締め括られます。

Time will tell, time will tell, I am still developing yet.
(時間が経てばわかるでしょう。私はまだ発展途上です)

ドルフィーは、「名言」には収まりきらないほどの深い音楽観を持っていたのです。

(以上、翻訳はすべて筆者によるもの。どなたか正確に美しく全文翻訳していただけるといいのですが……)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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