ようこそ、“好芸家”の世界へ。

「古典芸能は格式が高くてむずかしそう……」そんな思いを持った方が多いのではないだろうか。それは古典芸能そのものが持つ独特の魅力が、みなさんに伝わりきっていないからである。この連載は、明日誰かに思わず話したくなるような、古典芸能の力・技・術(すべ)などの「魅力」や「見かた」にみなさんをめぐり合わせる、そんな使命をもって綴っていこうと思う。

さあ、あなたも好事家ならぬ“好芸家”の世界への一歩を踏み出そう。

第13回目は歌舞伎の世界。先人の歌舞伎俳優たちが大事にしていた「お家芸」。歌舞伎界に今も受け継がれる「家の芸」がもつ魅力をご紹介しよう。

文/ムトウ・タロー

「歌舞伎十八番」の代表作『勧進帳』。源義経が弁慶をはじめとする家来衆とともに、兄である源頼朝の追手から逃れる最中の、安宅の関(現在の石川県小松市)での出来事を描いた歌舞伎の名作。
写真提供:東京都立図書館

歌舞伎の「家」の由来

一昨年夏の東京、昨年の冬の北京。私たちは二年続けて世界最高峰の力と技の競演を目の当たりにすることができた。

東京夏季オリンピックでは体操や柔道、レスリングなど、長きにわたり日本の「お家芸」と謳われた競技で日本選手が大活躍。そして、冬の北京冬季オリンピックでもスノーボードで男女とも金メダルを含む計3個のメダルを獲得し、新しい冬の「お家芸」としての地位を確立したのではないだろうか。

「お家芸」というこの言葉、起源をたどっていくと歌舞伎に当たる。歌舞伎は数多の「家」があり、そこの代表とみなされる俳優たちが、複数選定したとりわけ得意としている芸や演目を、個々の「家」で代々伝えている。いわゆる「家の芸」と呼ばれるものである。

歌舞伎俳優は「屋号」というものを持っている。江戸時代、苗字は「士農工商」の「士」、つまり武士のみが付けることを許されたものだった。そのため商人や大きな農家などは「屋号」を付けていた。役者もこの例を参考にして、屋号を用いるようになった、という説が始まりといわれている。

「屋号」の由来は様々ある。例えば、市川團十郎家の「成田屋」は、初世市川團十郎が成田不動の信仰に厚かったことから付けられた、という話は有名。ほかには、出身地などを「屋号」にしていることが多い。歌舞伎俳優は、代々息子、そして孫へと名前を引き継ぎ、各々が背負う「屋号」も合わせて引き継いだ。そのために「屋号」が指しているものが、その俳優の「家」を表すものになったのだろう。

「歌舞伎十八番」の代表作『外郎売』。外郎の薬売りに身をやつした曾我五郎が自らの身の上を語る長台詞は歌舞伎の名場面のひとつ。
写真提供:東京都立図書館

代表格「歌舞伎十八番」

よく耳にする「家の芸」といえば、「成田屋」の屋号を持つ市川團十郎・海老蔵家の市川宗家(数いる市川の名の歌舞伎俳優の中で当主格にあたる)の「歌舞伎十八番(かぶきじゅうはちばん)」および「新歌舞伎十八番(しんかぶきじゅうはちばん)」ではないだろうか。

『助六(すけろく)』『勧進帳(かんじんちょう)』『外郎売(ういろううり)』など、この「歌舞伎十八番」に加わっている演目は、「荒事(あらごと、超人的な力をもつ正義の勇者。多く勇猛粗暴な性格の持主として描かれ、非現実的な霊力によって悪人を退治する江戸歌舞伎独特の役柄)」と呼ばれる、初世・二世・四世の團十郎が特に得意としたものである。これを天保年間(1830~1844)に、七世市川團十郎が、市川宗家の家の芸として18の演目を選定したものが、今日名高い「歌舞伎十八番」である。

豊原国周筆『暫』。「歌舞伎十八番」でも特に上演の多い人気作。昨年五月の「團菊祭」では市川海老蔵演ずる鎌倉権五郎景政(かまくらごんごうろうかげまさ)の「暫く、暫くぅ~」という勇壮な声が歌舞伎座中に響いた。
写真提供:観世宗家事務所

市川宗家にとって、この「歌舞伎十八番」の台本は歌舞伎俳優の「家」を象徴する大事なもの。そのため代々の当主はこの18冊の台本を立派な箱に入れて大切に保管していた。ここから「歌舞伎十八番」は通称「御箱(おはこ)」と言われるようになる。

カラオケで自分の得意な歌を「おはこ」と呼んではいないだろうか。今日「最も得意とするもの」をそう呼ぶ語源と考えられているのが「歌舞伎十八番」なのである。

しかしこの「十八番」すべてが今日頻繁に上演されているわけではなく、上演が遠のいている演目も数多くある。十二世市川團十郎(1946~2013)は生前、この十八番の復活に力を注いだ。しかし長らく演じられていなかったため、当初の演目が一体どのようなものだったのか不明なものまで出てきていた。だからこそ現存する限りある記録を頼りに、現代にいわば新作歌舞伎のようなかたちで、再び演目に魂を吹き込む試みを幾度にも取り組んだ。市川宗家の使命感が十二世市川團十郎を動かしたことは明らかだった。

尾上菊五郎家の「新古演劇十種」のひとつ『茨木』。平安時代に京都で暴れた鬼・茨木童子について伝説をモデルにした舞踊劇。
写真提供:東京都立図書館

次々まとめられる「家の芸」

「歌舞伎十八番」は江戸期に選定されたものだが、明治に入ると、次々と「家の芸」を選定していく動きが現れる。

音羽屋・尾上菊五郎家の「新古演劇十種(しんこえんげきじゅっしゅ)」は、明治期の代表的な俳優・五世尾上菊五郎とその息子・六世尾上菊五郎が選定した。三世尾上菊五郎(1784~1849)が得意としていた妖怪の役や変化のある役が多いのが特徴の作品の数々だ。

成駒屋・中村鴈治郎家の「玩辞楼十二曲(がんじろうじゅうにきょく)」は、明治期に上方歌舞伎のスターとなった初世中村鴈治郎が選んだ、しなやかにして芯の強い物語の十二演目である。

そして戦後に「スーパー歌舞伎」という歌舞伎の新しいかたちを生み出した三代目市川猿之助(いちかわえんのすけ、現・二代目市川猿翁[いちかわえんおう])に至っては、「猿翁十種(えんおうじゅっしゅ)」「澤瀉十種(おもだかじゅっしゅ)」「猿之助十八番(えんのすけじゅうはちばん)」という三つの「家の芸」を制定。さらに三代目猿之助自らが作り出した新作歌舞伎を加えた「三代猿之助四十八撰(さんだいえんのすけしじゅうはっせん)」という新しい家の芸を制定した。既存の演出に捉われず、バラエティ色豊かで派手さのある新作を後世に残すのが目的である。

その他にも上方の歌舞伎俳優として初世鴈治郎と同時代に双璧を成した十一世片岡仁左衛門(かたおかにざえもん)による「片岡十二集」、大正・昭和の時代にその端麗な容姿で人気を博した十五世市村羽左衛門(いちむらうざえもん)の「可江集(かこうしゅう)」、同じく大正・昭和に六世菊五郎と双璧を成し、“菊吉(きくきち)時代”という一時代を築いた播磨屋・初世中村吉右衛門(なかむらきちえもん)による「秀山十種(しゅうざんじゅっしゅ)」など、「家の芸」と認識されているものは15を数える。

楊洲周延筆『土蜘』。土蜘蛛の精と源頼光の戦いが最大の見せ場。昨年の「團菊祭」では、僧侶の姿からおどろおどろしい風貌に変身する土蜘蛛の精を尾上菊之助が演じた。
写真提供:東京都立図書館

「家」の個性を守る、伝える、進化させる

数多の「家の芸」が明治以降急速にまとめられた背景には、己の歌舞伎俳優としての証を残し、後世の俳優(各々の家の俳優)に継承してもらいたいという当時の傑出した俳優たちの意図が含まれていた、という見方もある(松井俊諭『歌舞伎家の藝』より)。

実際、彼らの思いは受け継がれ、確立された「家の芸」を後世の俳優が舞台に上げることで、今も芸は守られ、伝えられている。とはいえ、「家の芸」の演目をその「家」以外の俳優が取り上げてはいけないという決まりはない。時代に呼応し様々な俳優の手によって、従来の演目のカラーに変化も生み出すだろう。

「家の芸」は、固執のために決められたものではない。歌舞伎そのものの発展にも大きく貢献しているのである。作品は常に開かれたものなのである。ただ一部、演題を変更するということはある。例えば、「歌舞伎十八番」のひとつ『助六所縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』は、市川團十郎が助六を演じる時にのみ許される外題(タイトルの意)である。尾上菊五郎が助六を演じる際には『助六曲輪菊(すけろくくるわのももよぐさ)』、松本幸四郎が演じる際には『助六曲輪江戸櫻(すけろくくるわのえどざくら)』と外題が変わるのだ。

守川周重筆「松梅雪花三吉野」。『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」の場面を描いた錦絵。昨年九月の歌舞伎座「秀山祭」では、中村吉右衛門家の「家の芸」である「寺子屋」が二世中村吉右衛門の追善として、甥の松本幸四郎らによって上演される。
写真提供:東京都立図書館

毎年五月、近代以降歌舞伎の世界を牽引してきた九代目市川團十郎・五代目尾上菊五郎を称える「團菊祭」という公演が歌舞伎座で行われている。そして九月に初世および二世中村吉右衛門を称える「秀山祭」が行われる。受け継ぐ役割を担うと同時に、守り伝える役割も担う。何物にも代えがたい使命を、家の名を背負う歌舞伎俳優たちは日々舞台の上で果たしているのである。

文/ムトウ・タロー
文化芸術コラムニスト、東京藝術大学大学院で日本美学を専攻。これまで『ミセス』(文化出版局)で古典芸能コラムを連載、数多くの古典芸能関係者にインタビューを行う。

※本記事では、存命の人物は「〇代目」、亡くなっている人物は「〇世」と書く慣習に従っています。

 

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