日本の気候風土は、この国に特有の文化と慣習をもたらしました。そのことは、二十四節気に執り行われてきた様々な行事や慣わしを知ることで、より実感できるのではないでしょうか。
日本では、1872年に『改暦の詔書』が発せられるまで、千年以上に渡って「太陰太陽暦(以下:旧暦)」が使われてきました。旧暦では、一年を二十四の季節に区分し、更には、その季節区分を七十二もの気候変化で表していました。これは、かつて日本人が5日ごとに季節の変化を意識しながら、季節の移ろいを日々の生活に取り入れていたことを示しています。
それだけ、日本人がこの国の気候風土に感謝をし、愛していたことを物語っているのではないでしょうか? この記事を通して、改めて二十四節気を理解し、より深く日本文化の素晴らしさを感じていただきたいと存じます。
さて今回は、旧暦の第6番目の節気「穀雨(こくう)」について下鴨神社京都学問所研究員である 新木直安氏にお聞きしました。
目次
穀雨の意味や由来とは?
時候の挨拶「穀雨の候」とは?
穀雨の植物とは
穀雨に旬を迎える食べ物
まとめ
穀雨の意味や由来とは?
穀雨とは二十四節気の1つで、「雨が百種の穀物を生じさせる時期」を意味します。地上にあるたくさんの穀物に、たっぷりと水分と栄養がため込まれ、恵みの雨がしっとりと降り注いでいる頃のことです。農業を行っている人にとって昔から、穀雨は田植えの準備をする目安と捉えています。田んぼの準備も整い、さあ田植えに取り掛かろう…… そんなタイミングがこの穀雨なのです。
穀雨を迎えると気温は急速に上昇し、寒気が訪れることはなくなります。この時期に特に雨が多いというわけではありませんが、穀雨以降、雨が降る日も増えていきます。「清明になると雪が降らなくなり、穀雨になると霜が降りることもなくなる」という言葉があるように、南の地方ではトンボが飛び始め、冬服やストーブとも完全に別れる季節です。変わりやすい春の天気もこの頃から安定し、日差しも強まってきます。
毎年4月20日頃~5月5日頃にあたる穀雨ですが、日付が固定されているわけではありません。2022年の場合は、4月20日(水)です。また、そこから次の二十四節気の「立夏」までの15日間あたりを指す言葉でもあります。
また、穀雨の由来は「雨生百穀(うりゅうひゃっこく)」という言葉だとされています。先述したとおり、穀物を育てるには絶好の気候であり、雨が百種の穀物を生じさせるという意味が込められています。
時候の挨拶「穀雨の候」とは?
穀雨の時期に手紙を出す時は、時候の挨拶を「穀雨の候」で始めることができます。この場合、“穀物を育てる雨が降り始める季節になりました”という意味になります。「穀雨の候」が使える期間は、次の二十四節気である「立夏」の前日までです。
手紙の書き出しには、「頭語+時候の挨拶+安否を気遣う言葉」のルールが一般的です。例えば、「拝啓 穀雨の候、○○様におかれましてはその後お変わりなくお過ごしのことと存じます。」と使うことができます。「~の候」以外にも、「穀雨の折から」「穀雨の砌(みぎり)」といった言葉も、時候の挨拶として挙げられます。
また、穀雨の時期に適した結びの挨拶には、「春の長雨の時期です。お健やかに過ごされますよう、心からお祈り申し上げます。」や「若草萌える好季節、皆様のますますのご健勝と貴社のご繁栄をお祈り申し上げます。」などがあります。手紙の始まりと終わりに時候を取り入れることで、情緒の感じられる1枚となるでしょう。
穀雨の植物とは
穀雨、つまり4月20日頃~5月5日頃は、野山の植物が緑一色に輝き始める時期です。ここからは、季節を感じさせてくれる花をいくつかご紹介しましょう。
桜が散った4月下旬~5月上旬ごろに美しく咲くのが“藤”の花です。日本では、藤棚や盆栽に仕立てられることが多く、垂れ下がる紫の花は、周囲の緑に映えて鮮やかさを演出し、人々の心を捉えます。
百花の王である“牡丹”が開花し始めるのも、穀雨の頃。美しく、存在感があり堂々としている牡丹は、美しい女性の姿を形容する言葉「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」にも登場します。落葉低木である牡丹が低い位置で花を咲かせる様を、椅子に座っている女性の姿になぞらえたとされます。
穀雨に旬を迎える食べ物
穀雨の時期に旬を迎える野菜、魚、京菓子をご紹介します。
野菜
アスパラガスは、冬の間に養分を蓄えた根から、春に伸び出してくる若い茎の野菜です。新鮮なものは、茎は太めで穂先が固く絞まっています。また、選ぶ際にはまっすぐに形よく伸びたものがおすすめです。
また、さやえんどうも旬を迎えます。えんどうまめを早めに収穫したものが、さやえんどうです。歯ざわりがよく、ほのかな甘味があるので、炒め物、和え物などによく合います。
魚
旬を迎える魚は、ヤリイカです。身質が柔らかく、甘みがあるヤリイカは、刺身として楽しめます。その身は鮮度に応じて、透明、茶色、白と色が変化していく性質があり、透明のものは鮮度が高いといえます。
京菓子
古来より日本では、季節ごとの自然の作物を楽しむことはもとより、花や果物、動物に模して甘味として楽しむ習慣があります。これすなわち、季節の移ろいを楽しむことであり、日本人特有の文化ではないでしょうか。
下鴨神社に神饌などを納める「宝泉堂」の社長・古田泰久氏に詳しいお話をお聞きしました。「穀雨の時期は、『藤浪』という生菓子を提供します。万葉時代、風になびく藤の花房を波に見立てて「藤浪」という歌語が生まれました。その名を冠した、生菓子です。
京都に咲く藤の高貴な色合いを、繊細に表現しました。お菓子を眺めながら、藤の花が薫風にたなびく景色を思い浮かべていただけたらうれしいですね」と古田氏。
『藤浪』は、こなしの生地を薄紫色に濃淡を出して染め、こし餡を包み、藤の花の印をつけます。風に揺れる藤の花房は、優美そのもの。藤のように上品な甘みを味わってみてはいかがでしょうか。
まとめ
たくさんの穀物に、恵みの雨がしっとりと降り注ぐのが「穀雨」です。二十四節気を知ると、昔の日本人が一つ一つの季節の僅かな変化に喜びを見出していたことが感じられます。普段の生活でも、公園や花壇、毎日の食卓などで「穀雨」を実感できる旬のものを探してみてはいかがでしょうか。
監修/新木直安(下鴨神社京都学問所研究員) HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp
協力/宝泉堂 古田三哉子 HP:https://housendo.com インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
構成/豊田莉子(京都メディアライン)HP:https://kyotomedialine.com Facebook