インターネットやSNSの発達によって、「教養」を学ぶあり方も大きく変わりました。最近ではユーチューブなどでの教養動画の配信も増えています。少し調べれば、様々な内容について学ぶこともできます。

なかには、わかりやすく図解してくれたり、あたかも漫談のように、かみくだいて紹介してくれたりするものもあります。ある意味では、非常に簡単かつ便利に情報を取得できるようになったともいえます。

しかし、その反面、出所が不確かだったり、内容が正しいかわからなかったりする情報も氾濫(はんらん)するようになりました。

何らかの紛争が起きたときの時事解説や、選挙などの折の政治評論を視聴していたら、フェイクニュースやニセ情報に踊らされてしまった。漫談講義を聴いてわかった気になっていたけれども、実は紹介されていた説は、学界では偏った異端説とされているものだった。趣味で歴史の講義動画を視聴していたら、いつの間にか、陰謀論まがいの説に影響されるようになってしまった……。

そんなことが、いつでも身の回りでおきかねないのが昨今の風潮です。

なにしろ、世界的な紛争状態の折や、国論を二分する問題、重要な選挙などがある場合には、あたかも「情報戦」のように、特定の勢力が、意図的かつ計画的に不正確かつ扇動的な情報を流しているケースさえあります。加えて、ネットニュースでもSNSでも、レコメンド機能で、その人が見そうな情報がピックアップされて、どんどんと流れてきますので、ついつい信じ込んでしまっても何の不思議もありません。

このようなインターネット社会においては、だからこそ、ますます「教養」が重要です。

様々な人びとが発信する情報をカンタンに入手できるようになり、情報量が爆発的に増えているからこそ、それらを選別・判断するための「教養の基盤」がなければ、カンタンに情報に踊らされてしまいかねません。

では、インターネット時代に、いかにして「教養」を身につければ良いのか?

そのことについての橋爪大三郎先生(社会学者。東京工業大学名誉教授。大学院大学至善館教授)の講義を紹介しましょう。1話10分で学ぶ教養動画メディア「テンミニッツTV」(イマジニア)での講座から、内容を抜粋してお届けします。

橋爪先生は、『人間にとって教養とはなにか』(SB新書)を発刊しておられますが、この講座では、とくにインターネット時代の「教養」のあり方についてお話しいただいています。

橋爪先生は、これまで人類の教養を支えてきた「本」と「ネット」を比較しつつ、講義を進めます。本は「本の書き手」がじっくりと時間をかけて世界に一冊の内容を書き、さらに編集者の眼や校閲者の眼などのフィルターが入る。しかし、一方のSNSなどは、まるで保育士がいない保育園のように、根拠のない噂が駆けめぐって大騒ぎになりかねない……。

橋爪先生は、「ネット」と「本」が共存していかなければならないとおっしゃいます。はたして、どのようなことなのでしょうか。

※動画は、オンラインの教養講座「テンミニッツTV」(https://10mtv.jp/lp/serai/)からの提供です。

橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)
1948年生まれ。社会学者。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。東京工業大学教授を経て、現在、東京工業大学名誉教授。大学院大学至善館教授。

橋爪大三郎先生

※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)

人間にとって教養とはなにか

――皆さま、こんにちは。本日は橋爪大三郎先生に「人間にとって教養とはなにか」というタイトルで、お話を伺おうと思っています。橋爪先生、どうぞよろしくお願いします。

橋爪 どうぞよろしくお願いします。

――ちょうど先日、橋爪先生は『人間にとって教養とはなにか』という本をSB新書から発刊されました。これは非常に学ぶべきところが多い本です。この本は教養の本として書かれていますが、一種、生き方そのものを教えてくれる本でもあるようにお見受けしました。そのあたりについて、橋爪先生ご自身のご感触としてはいかがでしょうか。

橋爪 教養とは本をたくさん読むことです。本をたくさん読まなくたって生きていけます。でも、生きていくためには、他の人間と一緒に生きていかなければいけない。

そこで本当に人々と一緒に生きていくためには、やはり本を通じて、もっと広い範囲のことを知ったほうが良いでしょうと。これが教養です。

今問題になっているのは、「社会の分断」です。分断とは、こちらのグループの人が考えたり感じたりしていることと、あちらのグループの人たちが考えたり感じていることが全然違っていて、話が通じないということです。

分断されている社会では、当事者たちは別に分断されていると思っていません。ただ素直に、自分の感じ方や日常の現実の中から学んだこと、感じたことを「そうだよね。そうだよね」というように、グループとして表明しているだけです。

ところが、別のグループの人たちは全く別なことを感じていて、「そうだよね。そうだよね」と意見を表明しても、前のグループとは別の考えになってしまいます。すなわち、これが社会の分断であり、意見がぶつかってしまうのです。アメリカでは、大変見やすい形でぶつかっていますが、この分断は、今世界中で起こっていると思います。

そして、分断と格差は結びついています。格差については、昔の階級闘争のようなものをイメージするかもしれません。しかしこの分断は、階級闘争や格差のような、100年も200年も続いている問題とは違った質の、新しい問題だと思います。

これには、新聞やラジオ、テレビなどのマスメディアの力が弱まってきたことと関係があると思います。今は、みんな自分でメッセージを発信できるようになったし、自分でメッセージを受信するようになりました。

統計によると、日本人も1日3時間~4時間、スマホとにらめっこしているそうです。スマホには新聞やテレビも少しは映りますが、大部分は発信者が個人であるようなメッセージがたくさん流れています。そして、人はその中から自分の好きなものを読んでいます。

そうすると、その中でマスメディアではなく、ミニコミュニケーショングループがたくさんできます。そこでは似たような人が、似たような感じをお互いに増幅している状態になります。そうすると、いくつもグループができて、この間に分断が生まれます。こうした分断はアメリカで典型的に生まれていますが、マスメディアが小さくなっていけば、世界中でこの分断が起こり得ます。

教養とは分断と正反対の考え方です。教養とはまんべんなく、いろいろな人びとが考えたことを、バランスよく自分の養分にして、世の中の現実として受け取りましょうという考え方だからです。つまり、分断と戦うためには、教養を武器にすることが必要なのだと思います。だから、ネットを見るか、それとも本を読むかということです。

「本」と「ネット」では情報の質が異なる

――分断問題は、ある意味で教養の質が変わった、あるいは教養が低下したことによって生じた問題という位置づけでいいでしょうか。

橋爪 ネットの特徴は、コンピュータやスマホが、電波でつながっているという点にあります。その中で情報は飛び交うのですが、本としてのクオリティを持っていません。

一方で本の特徴は、本を書く人がいるという点です。その本は、時間をかけてじっくり考え、かなりのエネルギーを注ぎ込んで書かれます。書く時間と読む時間を比べてみると、書く時間はすごく長くて、読む時間は短い。だいたい100分の1ぐらいになっているはずです。

――そうですね。

橋爪 次に、本を書く人は、本を読む人でもあります。あの本やこの本、いろいろな本を読みます。そして、「どの本にも書いていないな」という問題に直面します。いろいろ考えて、世界で1冊の、自分がいなければこの本は今ありませんという、そういう本を書きます。誰にでもできるわけではありません。誰にでもできるわけではないので、本を読む人は多かったとしても、本を読んで、そして書く人は、読む人の1万分の1とか、1000分の1とか、非常に数が限られます。

スマホのメッセージについて考えてみましょう。スマホのメッセージは、誰でも読んで、誰でも書きます。だから読む人と書く人は、ほぼ人数が同じです。次に、読む時間と書く時間もほぼ同じです。だから情報がエネルギーを圧縮していませんし、クオリティが保証されません。これらが瞬時に同時代の中を駆けめぐっています。実はこれは、保育園と同じです。

SNSにはフィルターがない。だから何でもありになってしまう

――なるほど。これは最近、非常に大きな問題になっています。とりわけ選挙干渉などで、大きな問題になっていますが、特定の国がある別の国に対して、あえて意図的にフェイクな情報を流したりするような、情報セキュリティの問題に関わるようなことも指摘されていますよね。

橋爪 はい。そうした意味でマスメディアはフィルターだったのです。なぜなら編集というプロセスがあるからです。それから、本も責任があります。他の本と似ていないことが重要であり、著作権があるので、無断のカット・ペーストや、無責任に何かを書いてしまうことはありません。こうしたことが保証されています。二重に三重に、いろいろなフィルターが掛かっているのです。

ところが、SNSにはそうしたフィルターがありません。カット・ペースト、リツイートが当たり前にあり、誰がいったかわからないことがどこまででも広がっていきます。そしてそれは、過激であればあるほど広がりやすい。

そのため、外国の政府がそれを政治的に利用したり、ある人の良くない評判を広めたりすることが簡単にできてしまいます。マスメディアがあり、国民世論が形成されていて、オピニオンリーダーがいる場合には、そこに介入するのは非常に難しいのです。ところが、SNSは何でもありの世界なので、そうしたことも起こります。

外国の政府が介入するかどうかは大事なことですが、そこに問題の本質があるわけではありません。その程度のクオリティのものが、人びとの頭の中を占めてしまっているという点が重要です。

保育園について考えてみましょう。保育園の園児たちがわーわー騒いで、いろいろなことをいっています。しかし、それに対して保育士の人たちが責任を持って、「こうしちゃダメでしょ」とか何とかいろいろといっていて、それによって保育園はバランスが取れています。

――なるほど。

橋爪 だけど、SNSには保育園の保育士に当たる人がいません。そうすると、奇妙な噂や間違った噂は、たちまち保育園に充満してしまいます。(先生がいないと)何でもありになってしまいます。

というわけで、教養とネットは水と油の関係にあるのです。

教養をネットで広めることもできます。だから道具としてプラスに使うこともできます。それは大変良いことなのですが、ネットそのものに「本を裏切る性質」があるので、そこには注意が必要です。

だから、本を読む習慣がない人がまずネットに触れてしまうと、どこへ連れていかれるかわかりません。

ネットに触れる前に本の世界をよく知っている人は、リテラシーが高いから害が少ないです。だけど、今は中学生や高校生などは本を読む人よりネットをやっている人のほうが多くなってきています。本を読むより前にネットをやっていたりします。電車に乗ると、本を読んでいる人とスマホを見ている人の割合が、もう9対1ぐらいになっているじゃないですか。だからこれは大変憂慮すべき状態だと思います。

「ネット」と「本」の共存とは?

――そうした意味でいうと、ちょうど私たちのメディア(テンミニッツTV)が、ネットで新しい教養のあり方を提案しています。今回の橋爪先生の講義もそうですが、いろいろな先生に出ていただいて、お話をしていただくことを目的にしています。その際に受け手としては、ネットで教養を得て、また情報を取捨選択するために、どのような視点で見ていけばいいのでしょうか。

橋爪 このテンミニッツTVは、発信者が特定されています。それを皆さんに伝える流し手も特定されています。そこにポリシーがあります。そのポリシーに基づいて、まず発信者を選んでいます。

そして、発信者を選ぶ理由の中には、視聴者にとって有益である、内容が信頼できる、面白いなどの基準があります。これは本を作るときの基準と、だいたい似ているのですね。

――そうですね。

橋爪 それから流し方も電子的になり、映像としてネット上に流れますが、そのコンテンツも本とほぼ似たコンセプトです。これは、ネットの時代に本離れが進んでいることに対して、これ以上そうしたことが起こらないように、本に遜色がないクオリティのものをネットで伝えましょうというのがテンミニッツTVのコンセプトだと思います。

――はい。

橋爪 つまり、その本質は本なのです。本を書くから本があり、本を書く人が主に送り手です。そのいわば二次創作として、ネットコンテンツを再生産するというやり方です。これはネット環境に適応して、本が生き残るというか、本が適応するというやり方です。これをきっかけに本を読む人もいるかもしれません。

――そうですね。

橋爪 本とネットとは、共存していかないといけない。なぜなら、今はネットにサポートされないと本も売れないからです。

ということで、テンミニッツTVは有意義な試みだと思います。こういうものがもっとたくさん出てきていいと思います。そうすると、ネットにしかなじみがない人も、こういうものに触れて、ネットと本は違うということがわかったりします。

――ありがとうございます。

1話10分の動画で学べる「大人の教養講座」テンミニッツTVの詳しい情報はこちら

協力・動画提供/テンミニッツTV
https://10mtv.jp/lp/serai/


 

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