「歴史は勝者がつくるもの」とは世の理。敗者の歴史は後世顧みられることもなく、闇に埋もれてしまうこともある。原田伊織氏が新刊書籍『消された徳川近代 明治日本の欺瞞』で提唱する「徳川近代」も然り。

元『歴史読本』編集者で歴史書籍編集プロダクション・三猿舎を経営する安田清人氏による直撃第四弾は、軍事的な側面から戊辰戦争の実像に迫ります。

旧幕府軍戦死者を慰霊する「碧血碑」。日本の近代化は敗者である彼らの犠牲を乗り越えて打ち立てられた。

旧幕府軍戦死者を慰霊する「碧血碑」。日本の近代化は敗者である彼らの犠牲を乗り越えて打ち立てられた。

戊辰戦争を読み直す

――戊辰戦争についておうかがいします。多くの方が、薩長を中心とする新政府はいち早く近代的な軍備や軍事編成を実現し、旧弊固陋な幕府軍に勝利した、という図式で捕らえているように思います。

原田 これも「徳川近代」を正しく理解していないことによる、完全な誤解です。たとえば鳥羽・伏見の戦いで、数の上では圧倒的に優位だった旧幕府軍はなぜか新政府軍に敗れています。これを合理的に説明し、かつ新政府サイドの勝利を正当化するためには、近代的な新政府軍と古臭い旧幕府軍の戦いという描き方をした方が都合が良い。プロの歴史家でも、いまだにこうした図式で幕末維新を描く人もいるくらいです。しかし、事実はまるで違う。

幕府は、小栗上野介を中心とする文久の軍制改革を経て、44隻の艦船を外国から購入し、陸においても歩兵部隊を中心とする近代的な軍事編制に移行していました。

小栗が栗本鋤雲を通じてフランスとのパイプがあったことは前回既に触れました。駐日フランス公使のレオン・ロッシュと良好な関係をもつことで、小栗は横須賀製鉄所の建設を進め、さらにフランスの軍事顧問団を日本に招き、フランス式の伝習を行なう。そして、当時最新鋭のシャスポー銃を一万挺丁を含む後装小銃二万五千挺を輸入しています。それまで日本が輸入していたゲベール銃は弾丸を銃口から押し込める「先込め銃」でしたから、これは画期的な変化です。

文久の軍制改革については、「徳川近代」の意義を見極めるためにも、もっと評価すべきですし、もっと掘り下げて考えなければならないと思います。

――薩長が「先込め」のミニエー銃やスナイドル銃を導入し、使用したことはよく取り上げられます。

原田 幕府が遅れを取ったという事実はありません。近代的な歩兵部隊についても、長州の奇兵隊がその先駆けのように扱われていますが、幕府の伝習隊の方が時期的に早いですし、そもそも奇兵隊とは規模がまるで違います。つまり、幕府軍が軍事的に劣っていた、だから負けたというのも、「官軍正史」の作った虚構なのです。

この幕府伝習隊をフルに活用し、一万挺のシャスポー銃が使用されていたら、鳥羽・伏見の戦いがあれほど一方的な敗北に終わることはあり得ません。いくら大将である徳川慶喜がダメな人でも(笑)。

イギリスが局外中立にこだわったのは、薩長軍が負けるとみていたからです。実際には、旧幕府側は諸藩の藩兵の寄せ集めで、せっかくの幕府伝習隊も活躍の場がなかったわけですが。

――伝習隊は、いわば「徳川近代」の遺産、あるいは忘れ形見とでもいうべきでしょうか。

原田 そうです。江戸無血開城の後、この伝習隊をはじめとする旧幕府軍は、北関東戦線を経て、最終的には箱館戦争に参加します。そして、彼らを指揮したのは大鳥圭介や土方歳三、そしてブリュネをはじめとするフランス軍士官や下士官たちでした。彼らはもともとフランス軍事顧問団でしたが、伝習隊との信義を重んじて参加したのです。

箱館奉行所は幕末当時のままに近年再建された

箱館奉行所は幕末当時のままに近年再建された

箱館戦争ののち、箱館政府の榎本武揚や大鳥圭介が明治政府に加わったことはよく知られています。しかし、それだけでなく、小栗の諸改革によってフランス語に習熟した幕臣や、箱館戦争に参加したフランス士官らも、立場を変えて明治政府に協力しています。彼らが無視することのできない逸材であり、有能な人物だったからで、見方を変えれば、それだけ明治政府が人材難だったということです。

――「徳川近代」と明治という時代は地続きであったということですね。

原田 「徳川近代」が築き上げた基盤の上に、明治政府がやすやすと建物を建てたというべきでしょうか。明治政府が近代化をさらに推し進めたのは事実です。しかし、その結果が国粋軍国主義的な国家を生み出したことを考えると、やはり近代のスタート地点に立ち返って、そこにある欺瞞を明らかにしておくことは、次の時代のグランドデザインを描くためにも絶対に必要だと、私は思うのです。

榎本武揚ら旧幕府軍が拠点とした五稜郭

榎本武揚ら旧幕府軍が拠点とした五稜郭

*   *   *

幕府や徳川家に味方する姿勢を「佐幕」と呼ぶ。原田さんの主張するのは、薩長を貶めて徳川家を持ち上げるような単純な話ではない。近代150年の歴史を正しく理解することなしに、次の時代を見通せない。だから明治政府の欺瞞を明らかにする必要があるというわけだ。そのための「補助線」として、すでに江戸時代に始まっていた近代、すなわち「徳川近代」という視点は極めて有効だろう。

原田氏の著書『消された「徳川近代」明治日本の欺瞞』

消された「徳川近代」明治日本の欺瞞
原田伊織/著 小学館刊
単行本 319ページ
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388652

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