菜畑から始まった弥生稲作は徐々に北上し、津軽の垂柳遺跡まで伝播した
(写真/唐津市生涯学習文化財課提供)

日本人にとって、特別な存在であるお米だが、その歴史について考えたことがあるだろうか。いつから日本人がなぜお米を主食とし特別な存在として遇するようになったのか?

万葉学者の上野誠さん(國學院大学文学部特任教授)が著した『教会と千歳飴 日本文化、知恵の創造力』は、悠久の古代日本の成り立ちに思いを馳せるヒントで溢れている。

日本の最古の水田(菜畑遺跡=佐賀県唐津市)や最古の農村(板付遺跡=福岡市博多区)といわれる地は、いずれも大陸や朝鮮半島との往来に適した北部九州に位置する。

〈縄文晩期に、渡来人によってもたらされた稲作は、日本列島に広がり、社会を変えた。人口が増加するばかりではなく、食糧の移動に便利な稲は、村と村との結びつきを強くしたし、富や権力の集中をもたらして、都市や王権が生まれたのである。そして、都市や王権は、今日の国家の枠組みにも繋がるから、大規模農耕から国家が生まれたと考えることもできる〉

〈北部九州に、朝鮮半島や中国の華南地方からもたらされた稲作は、技術、技術者、耕作道具も含めた、いわばプラント輸出にあたるものである〉

その稲作は、ゆっくり時間をかけて北上し、現在の青森県の垂柳遺跡(田舎館村)、砂沢遺跡(弘前市)まで伝播する。そうした稲作の北上には、技術だけでなく、技術者や耕作道具など現在のプラント輸出のような交流があったのだと知ると、途端に賑やかな古代社会が脳裏に浮かびあがってきて、楽しくなってくる。

神話の時代から「稲」は特別な穀物だった

こうして広まっていった稲作はやがて国家が管理するようになり、「稲」が特別な存在になっていく。前出の『教会と千歳飴』には、『日本書紀』に描かれたエピソードが紹介されている。

〈天熊人(あまのくまひと)が保食神(うけもちのかみ)の死体から食物の種を持ち帰る話が記されている。食物の種を天熊人が持ち帰ったことに、天照大神が大いに喜んだのはいうまでもない。そこで、天照大神は、持ち帰った種のうち「粟、稗、麦、豆」は「陸田種子(はたけつものたね)」とし、「稲」を「水田種子(たなつものたね)」と定めたというのである。注意しなくてはならないのは、陸稲もあるのに水田稲作のみが、天照大神によって特別扱いされていることである。(中略)同じ食べ物でも、他の雑穀や豆と扱いが全く違うのは、国家が水田で育てられた稲と、その収穫物である米によって成り立っているとの観念があったからである〉

同じ穀物でも「稲」以外の穀物は「雑穀」としてひとくくりにされているが、そのルーツは『日本書紀』に見いだせる。水田は特別という考えも『古事記』や『日本書紀』に明確に記されている――。

〈古代社会では、日常生活で犯してはならない罪を二つに分類していた。ひとつは「天つ罪」。これは、国家や朝廷、さらには国家や朝廷の政を妨害する行為で(中略)農業に対する「天つ罪」はすべて、水田稲作への妨害行為なのである〉

〈水田稲作は、大規模な土木工事を伴うものであり、土木工事を通して生産を上げてゆくシステムである。したがって、「水田」の施設を壊す行為は、国に対する反逆と見なされたのである〉

『古事記』『日本書紀』には、池を作ったという記事が多い。例えば、崇神天皇の御代に出された詔(みことのり)。

〈「農は国家の大きな基である。民が生きてゆく拠りどころである。今、河内の狭山の埴田には水が少ない。そのためその国の百姓は農事を怠っている。そこで灌漑用の池・溝をたくさん掘って、民の業を広めさせよ」と仰せられた〉(『新編日本古典文学全集 日本書紀1』より引用)

池を作り水田を増やすことは、国家プロジェクトだったのである。

神話の時代から穀物の中で、「稲」が特別に扱われていた歴史が、『教会と千歳飴』の中で浮き彫りになる。

現在でも11月23日には、天皇陛下が米など新穀の収穫を感謝する新嘗祭が執り行なわれている。昭和天皇が始められた宮城内での田植えと収穫は、平成、令和と受け継がれ、皇室の新たな伝統として根付いている。佐賀県唐津市の菜畑遺跡から始まったといわれる我が国の稲作の歴史は、日本の歴史そのものなのである。


上野誠(うえの・まこと)/1960年福岡県生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期単位取得満期退学。博士(文学)。奈良大学教授を経て、2021年4月より國學院大學文学部教授(特別選任)。研究テーマは、万葉挽歌の史的研究と万葉文化論。日本民俗学会研究奨励賞、上代文学会賞、角川財団学芸賞などを受賞。『折口信夫 魂の古代学』『万葉文化論』『日本人にとって聖なるものとは何か――神と自然の古代学』『万葉集講義 最古の歌集の素顔』『万葉学者、墓をしまい母を送る』など著書多数。



『教会と千歳飴 日本文化、知恵の創造力』


万葉学者の上野誠さんが、日本の文化と歴史を身近な出来事を交えながらわかりやすく解説する。

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