文/鈴木拓也

「8割以上がかかる可能性がある」新国民病の「熟年期障害」とは|『熟年期障害』

還暦を過ぎたあたりから始まった、「やる気が起こらない」「物忘れがひどくなった」「不安感に襲われやすい」といった自覚症状。

「もしかして、認知症とか老人性うつにでも罹ったのか!?」と焦って病院で診てもらったところ、「異常なし」と言われたら「熟年期障害」を疑うべきかもしれない。

そう唱えるのは、タイトルも『熟年期障害』という書籍を著した、マイシティクリニックの平澤精一院長だ。

本書の中で平澤院長は、熟年期障害の症状として、上の「やる気が起こらない」などのほかに以下のものがあると述べている。

・外出する気になれず、引きこもり状態になっている
・判断力が低下した
・昔は簡単にできたことが、できなくなった
・性欲がない、等

やはり、初期の認知症や老人性うつと似ているように思われるが、熟年期障害の原因は「テストステロンというホルモンの分泌量の低下」や「亜鉛という栄養素(ミネラル)の不足」によって引き起こされるもので、まったく別物だという。

■性ホルモンの1種、テストステロンとは

ここで、「テストステロン」と「亜鉛」という、誰もが聞いたことがあるが、体内でどう作用するかまでは知る人の少ない物質が出てきた。

平澤院長によれば、テストステロンとは性ホルモンの1種で、男性なら約95%が精巣で生成・分泌され、残りの約5%は副腎で分泌されるという。分泌される量は1日約7mgで、20歳前後をピークに年齢とともにゆるやかに減ってゆく。女性の場合、多くは卵巣で生成され、分泌量は閉経後に急激に減るという特徴がある。

テストステロンの作用は、筋肉や血液を作り、骨を発達させ、体内時計の機能や正常な性欲を維持するなどといった多彩なもので、全身の健康に大きく関与している。

■必須微量元素の亜鉛とは

亜鉛は産業用金属のイメージがあるが、人体に欠かせない必須微量元素でもあり、健康な成人男性の体内には1.5~3gの亜鉛が散在する。
その主な働きは、細胞のDNAの複製やタンパク質の合成。つまり、亜鉛がないと細胞は新生できなくなるというくらい重要な元素。にもかかわらず、日本人の1~3割が亜鉛欠乏症だという。

■シニアになるとテストステロン・亜鉛が減る理由

平澤院長は、熟年期(60歳以降)になるとテストステロンと亜鉛の両方が慢性的に欠乏しやすくなると指摘する。

テストステロンについては、加齢が第一の理由に挙げられる。テストステロンは20歳頃に急激に分泌量を増し、その後は緩やかに減少する。60歳にはピークの半分程度にまで減るが、ストレスが多かったり、一人暮らしで他者との接触が少ないと、分泌量はなお減るという。極端な話、生活習慣などから40代で激減する人もいるとも。

亜鉛については、前述のとおり、もともと日本人は亜鉛不足の傾向があるのに、高齢になって食が細くなる、消化吸収力が衰えるといった要因が、亜鉛不足に拍車をかける。
そして、もう1つ注意したいのが、加工食品。これに含まれる食品添加物のポリリン酸ナトリウムには、体内の亜鉛を排出してしまう作用があるという。

■熟年期障害を放置すると…

熟年期障害をそのままにしておくと、どうなるのだろうか? 多少の意欲・判断力の減退程度なら「年のせい」と笑ってかわせそうな気もするが…

平澤院長は、最悪「数か月で要介護状態になることもある」と警告する。いきなりそこまでひどくならなくても、本当に認知症や老人性うつに罹ることも稀ではないという。

また、心身の状態が健常と要介護の中間段階の「フレイル」という言葉が注目されているが、熟年期障害でフレイルになっている人は、かなり多いのではないかと、平澤院長は推測している。しかし、医学界では熟年期障害という概念はあまり浸透しておらず、本当の原因はテストステロン・亜鉛の欠乏なのに、認知症と誤診される例もあるという。

■熟年期障害は治せるか?

いったん罹った熟年期障害は治せるものだろうか?
答えは「イエス」だ。

熟年期障害の原因は、テストステロン・亜鉛の欠乏というわかりやすいものだけに、治療の方法は、その欠乏を解消するということになる。

テストステロン欠乏については、男性ホルモン補充療法がとられる。これは、テストステロンと同じ組成の分子構造で化学的に作られた薬剤を筋肉注射するというもの。注射の頻度は、2~4週間に1度で、半年~数年続ける。健康保険が適用され、副作用は少ない。注射の代わりに塗布するクリームタイプもあるが、こちらは健康保険は適用されない。

亜鉛欠乏については、亜鉛製剤を毎日服用する亜鉛補充方法をとる。

さらに漢方薬を処方することもある。これは「テストステロンをつくり、分泌する機能が正常に働く」ことをねらったものだ。

■熟年期障害を予防するセルフケア

本書では、熟年期障害を予防する、つまりテストステロンと亜鉛を不足させないためのセルフケアについても指南されている。

テストステロンは、午前1~3時に活発に生成されるので、その時間帯はできるだけ睡眠にあて、生成を促すのが1つ。トータルの睡眠時間を十分に確保することも重要だという。
また、適度な運動をして筋肉に刺激を与えることで、テストステロンの合成・分泌が促進されるので、定期的な運動習慣もつけておきたい。

亜鉛は、食事とサプリメントで不足なく摂るように努める。厚生労働省が定める平均摂取推奨量は、成人男性は10mg、成人女性は8mg。しかし、亜鉛の含有量が高い食品は、牡蠣、牛肉、レバーなど限られる。そこで、含有量はそこそこだが、安価で食べやすい鶏卵や木綿豆腐を日頃から食べるようにし、市販の亜鉛サプリで補う。ただし、亜鉛サプリのラベルに表示の含有量は、あくまでも原材料の含有量。製造過程で、亜鉛成分が失われて、製品にはまったく亜鉛が含まれていないものもあるそうで、GMP (Good Manufacturing Practice)基準をクリアした、高品質な製品であるかどうか確かめておきたい。

*  *  *

平澤院長は、熟年期障害は「日本人の8割以上がかかる可能性がある」と述べており、シニアならほとんどの人がそのリスクを抱えている。テストステロンと亜鉛が不足しているかどうかは、血液検査ですぐわかるので、まずは一度確かめてみてはいかがだろう。

【今日の健康に良い1冊】
『熟年期障害』

http://www.ascom-inc.jp/books/detail/978-4-7762-1048-1.html

(平澤精一著、本体1,500円+税、アスコム)『熟年期障害』

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。

 

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