文/遠藤利三郎(ワイン評論家)  

左から、シャトー・メルシャン勝沼ワイナリー長の田村隆幸氏、桔梗ヶ原ワイナリー長の勝野泰朗氏、椀子ワイナリー長の小林弘憲氏。各ワイナリーご自慢の一本を手に。

日本を代表するワインを産み続けるシャトー・メルシャンは、この秋に3ワイナリー制へと移行する。3つのワイナリーとは山梨県の勝沼ワイナリー(ワイナリー長:田村隆幸氏)、長野県の桔梗ヶ原(ききょうがはら)ワイナリー(同:勝野泰朗氏)、同じく長野県の椀子(まりこ)ワイナリー(同:小林弘憲氏)だ。

去年の桔梗ヶ原ワイナリーオープンに続き、3番目のワイナリーとして9月21日に長野県上田市に椀子ワイナリーがオープンする。今までは桔梗ヶ原や椀子のブドウは勝沼ワイナリーに運ばれて仕込まれていたが、これからはその土地のブドウはその土地で醸造されワインとなるのだ。

メルシャンは、それぞれの地区に素晴らしいワイン用ブドウを産する自社管理畑や契約農家を擁している。各ワイナリーは、テロワールが異なるため出来上がるワインも異なる個性を持つ。だが、さらにワインの個性に大きな影響を与えるのは醸造家の存在だ。

栽培方法、収穫のタイミング、発酵容器はオークかステンレスか、発酵温度、醸しの時間、熟成方法やその期間。ワイン造りはブドウの状態によりその場その場で重要な判断に迫られる。同じ産地のワインであろうとも醸造家が収穫されたブドウをどのように解釈するか、彼らの判断一つでキャラクターの全く異なるワインに仕上がるのだ。

勝沼ワイナリーの田村氏と、椀子ワイナリーの小林氏は1974年生まれ、桔梗ヶ原ワイナリーの勝野氏は1973年生まれである。この同世代の若きワイナリー長たちは、いったいどのようなキャラクターの持ち主なのか。3人が顔を揃える貴重な機会にお話を伺うことができた。

和やかなムードで談笑する田村氏(左)、勝野氏(中央)、小林氏(右)。

勝沼ワイナリー長はウスケボーイズの一人

一人目は勝沼ワイナリー長、田村隆幸氏。かねがねお会いしたいと思っていた人物だ。ワインと生魚を合わせると生臭みが出やすいが、甲州ワインだと生臭みを感じることなく、刺身などと良い相性を表す。その原因である「におい」のメカニズムを解明したのが田村氏だ。田村氏のその論文を日本ワインのセミナーで何度引用させてもらったことか。筆者が一方的に恩義を感じている方なのだ。

シャトー・メルシャン勝沼ワイナリー。

勝沼ワイナリーのワイナリー長、田村隆幸氏。

田村氏は研究畑出身。料理とワインのマリアージュに関する研究や商品開発に長年携わってきた。興味深いのが田村氏もまたウスケボーイズの一人だという。(現在の国内若手中堅醸造家に多大な影響を与えた故麻井宇介氏の、その名前から氏の薫陶を得た醸造家たちをウスケボーイズと呼ぶ。『ウスケボーイズ』として単行本となり映画化もされている。)

あまり知られていないが、麻井氏は国産の原料用ワインの確保で南米に赴き、そこでも劇的な品質改善に寄与している。田村氏は商品開発で南米担当になった時、現地で麻井宇介氏の痕跡に出会い、感銘を受けた一人なのだ。南米にも麻井氏の血脈が続いていることに驚きを感じ得ない。

勝沼のワイナリー長となった田村氏は甲州シリーズの名前を造りの名称から産地名に変えていった。農家の畑もさらに細かく把握し、甲州のテロワールをしっかりと表現していきたいと言う。シャトー・メルシャン勝沼ワイナリーの主力である甲州は、田村氏によってテロワールの表現に向かって走り始めたのだ。

日本最高峰の品質を誇るワインを任された桔梗ヶ原ワイナリー

シャトー・メルシャン桔梗ヶ原ワイナリー。

桔梗ヶ原ワイナリーのワイナリー長、勝野泰朗氏。

二人目は桔梗ヶ原ワイナリーの勝野泰朗氏だ。勝野氏は大学時代に居酒屋で長くアルバイトを続け、お酒が人を幸せそうにするのを目の当たりにし醸造家を志す。フランスの銘醸ワイナリーであるシャトー・レイソンやアルベール・ビショーなどで五年間に渡り研鑽を積み、その間ボルドー大学で日本でも数少ないDNO(フランス国家認定ワイン醸造士・エノログ)を取得している。フランスへ研修に行く時、ゼネラルマネージャーの齋藤浩氏(当時。現顧問)にフランス人のDNAを取りに行けと命令されたと言う。「生活に溶け込んだワイン文化」を理解してこいと。その結果が勝野氏の信条である「素直なワイン造り」となる。

シャトー・メルシャン桔梗ヶ原メルローという、日本最高峰の品質を誇るワインを任されたという凄まじいばかりのプレッシャーは想像を絶する。そこで奇跡を起こすのではない。いかに桔梗ヶ原の偉大なテロワールを理解するのか。桔梗ヶ原で生まれ育ったブドウたちの声をとことん聞き、その声を素直に表現していく。まさにテロワールを大事にするフランス人のDNAを体現していると言えるだろう。そこに肩肘を張らない「素直なワイン造り」がある。

この秋にオープンする椀子ワイナリー

この秋にオープンするシャトー・メルシャン椀子ワイナリー。

椀子(まりこ)ワイナリーのワイナリー長、小林弘憲氏。

そして最後に紹介するのが、この秋にオープンする椀子ワイナリーの小林弘憲ワイナリー長。ボルドー大学やオーストラリアなど世界でワイン造りを学んだ醸造家だ。小林氏を語る時に、ボルドー大学の故富永敬俊先生との共同研究を忘れてはならない。この研究により甲州から3MHという香気成分が発見された。3MHはグレープフルーツ、パッションフルーツのようなアロマとして知られるソーヴィニヨン・ブランの特徴香気成分だ。「個性の無い、つまらないワイン」と揶揄されていた甲州から、素晴らしいワインができる可能性を見出した歴史的な発見だった。

その小林氏が椀子ワイナリーの可能性を語り出すと止まらない。強粘土で水分ストレスが強くて、根っこがね!と土壌を語るかと思うと一転ブドウの話になる。椀子に植樹したのが2003年、今や素晴らしいブドウを実らす樹齢になってきた!シラーから白胡椒の香りが出るんだ!そしてカベルネが……etc。それをいかにも楽しげな表情で話す。

約30ヘクタールという広大な葡萄畑が見渡せる椀子ワイナリーは、テイスティングカウンターやワインショップもあり観光客を受け入れる。訪問客を相手に楽しそうにワインの説明をする小林ワイナリー長の姿が今から目に浮かぶようだ。

*  *  *

インタビューの最後に、もしも自分を戦隊モノのヒーローに例えるなら何色かを3人に聞いてみた。田村氏は商品開発から製造までと幅広い知見を持つリーダーのレッド。ひたすらワイン造り一筋の勝野氏はニヒルなブルー。そして小林氏は本人曰く「いつもカレーばかり食べているイメージがあるのでイエロー」と。それを聞いた松尾ゼネラルマネージャーは3人をまとめて「だんご三兄弟」と表現。国内有数の醸造家でありながら和気藹々と楽しげにインタビューを受ける様子は、メルシャンの高品質でありながら柔らかく温もりのあるワインのイメージに繋がる。造り手の人柄はワインにも表れるのだろう。

三者三様の個性が光る3人のワイナリー長。今後の活躍が期待される。

それにしてもこのような優秀な若手醸造家を何人も抱えるシャトー・メルシャンの懐の深さを感じずにはいられない。その昔、欧州中に広がる大規模なネットワークと多くの醸造家修道士を擁し、伝説的な数々のワインを生み出していったベネディクト派やシトー派の修道院を連想させるではないか。

文/遠藤利三郎
ワイン評論家。日本ワインコンクール審査員、日本ワイナリーアワード委員長、外務省在外公館課にて日本ワイン講座を担当するなど日本ワインの普及に尽力。またボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュの3大ワイン騎士団から騎士を叙任。著書に『ワイン事典』(学研)など多数。 東京・押上のワインバー「遠藤利三郎商店」オーナーでもある。

 

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