主人の村田直彦さんは、35歳のときに静岡の名店で食べた天ぷらの旨さに感動。生計のためにラーメン店を開店して営みつつ、独学で天ぷらを習得したという異色の経歴の持ち主だ。
「自分が思い描く味をイメージしながら試行錯誤を繰り返した」と語る、その理想の味とは「素材本来のポテンシャルを最大限に引き出した限りなく軽やかな天ぷら」。そのためのアプローチもまた独特である。

静岡県出身。ラーメン店を営みつつ、天ぷらを独学で習得。銀座の老舗天ぷら店で1年間研鑽を積んだ後、昨年の1月恵比寿で『北川』を開店。
焼津から毎日届く魚介
まず、魚は静岡・駿河前のもの。それも、焼津の名鮮魚店『サスエ前田魚店』から日々届く特別な仕立てのものばかりで、これがこの店の天ぷらの生命線なのだ。
「主人の前田尚毅さんに魚の手当てはすべて任せています。魚が生きたまま港に運び、ストレスを抜いてから締めるという前田さんの魚は、香り、水分量、味わいが格段に違います」
油の温度も160〜 170度と低めだ。低温で優しく火入れすることで過度に脱水することなく、具材のジューシーさが保たれる。一方、メレンゲを加えて気泡を含ませた衣が、余分な水分だけを適度に逃してくれる。

野菜も故郷・静岡のものを積極的に使っている。小蕪は、富士宮の「No BLUE農園」の無農薬有機栽培。蕪本来の甘みがあり、瑞々しさが魅力。

香りとほろ苦さが持ち味のふきのとうは、揚げ油は太白胡麻油をメインに、穏やかに焙煎をきかせた胡麻油を1割ほど加え、より香り高く仕上げている。

静岡「長谷川農産」の無農薬無漂白のマッシュルームを使用。水分を保ったまま揚げられ、ひと噛みするや香りと旨みのジュースが滴り落ちる。

じゃがいもは1年間寝かせた「No BLUE農園」のレッドムーン。低温で2〜3分揚げては休ませる作業を繰り返すこと約10回。甘みを引き出している。
従来の天ぷらのように、脱水により素材の味を凝縮させるのではなく、熟成の過程であらかじめ旨みを凝縮させた食材を保水しながら揚げる。だからこそのサクフワ感、しっとりとした繊細な食味はこの店ならでは。
天種の供し方にも一工夫ある。小鰺は仕上げに煮切り醤油をひと刷毛塗り、金目鯛はそのアラでとったタレで煮付け風に。より料理性の高い天ぷらへと昇華させていく、村田流天ぷらの新境地だ。

『サスエ前田魚店』の前田さんが活け締めにした小鰺は160度の低温で揚げ、醤油と味醂を合わせた煮切り醤油で提供。サクサクの衣の軽快な歯触りが印象的だ。

鱗揚げにした金目鯛は、低温で揚げているにもかかわらず、鱗が気にならぬよう『サスエ前田魚店』で手当てされている。ふわふわの身も美味。

蓮根と太刀魚と金目鯛のかき揚げをのせた締めの天丼。蓮根の食感と魚類のふわっと感にご飯は山形つや姫。鰹出汁が薫風味豊かな天茶も美味。

天ぷら北川
住所:東京都渋谷区恵比寿南1-17-15VORT恵比寿地下1階
電話:080・3000・7735
営業時間:17時30分〜、20時30分〜の一斉スタート
定休日:日曜
交通アクセス:JR・地下鉄日比谷線恵比寿駅より徒歩約4分
◎コース2万3500円、要予約。
取材・文/森脇慶子 撮影/宮濱祐美子
※『サライ』2026年5月号より。












