
母と姉妹の3頭が一緒にファミリーで暮らす。
アフリカゾウの母リカ(左)と、娘の媛(右)と砥愛(中)。日本初の人工哺育で育った長女の媛は温厚、次女の砥愛は利発だ。
愛媛県砥部町にある愛媛県立とべ動物園は、1988年の開園当初からの「レクリエーション」「調査・研究」「種の保存」「環境教育」を運営理念に掲げているが、近年ではさらに一歩進んで、「動物目線」での飼育環境の充実に取り組んでいる。
「人間から見てかわいい、幸せに見えるといった感覚の上に立つ〈動物愛護〉はあくまで人間目線。〈動物福祉〉は、動物の目線で見て、精神的・身体的健康を保ち、科学的な根拠に基づいたそれぞれの動物の『生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)』の向上を目指すことだと思っています」
そう語るのは、とべ動物園園長の池田敬明(たかあき)さん(51歳)だ。

「大型のゾウなどは、飼育施設の整備、国際条約を守るといった観点からも、簡単に導入することができない動物です。だから、1頭だけがいる動物園も少なくありませんが、本来のゾウは主として家族で群れをなして生活する動物。当園ではゾウを家族で暮らさせる方針で運営してきました」
リカは、2歳のときに、とべ動物園の開園に合わせて南アフリカ共和国からオスのアフと一緒にやって来たアフリカゾウのメスだ。アフとリカはやがて媛(ひめ)(メス)、砥夢(とむ)(オス)、砥愛(とあ)(メス)という子宝に恵まれた。2012年に息子の砥夢が多摩動物公園(東京)に引っ越し、2016年にアフが亡くなったが、今でも、リカと娘の媛、砥愛は母子揃って仲良く来園者を迎えている。とべ動物園は、家族単位でアフリカゾウを飼育する日本でも数少ない動物園だ。
厳しい基準を満たす飼育環境
とべ動物園ではキリンやライオンなども、家族単位で暮らす。

父、母に見守られて2頭の子キリンもすくすく成長。
家族で群れを作るキリン。とべ動物園でも家族で飼育。奥が父のリュウキ、手前右から母の杏子、娘の小夏、息子のリュウト。

仲睦まじいライオン家族。
飛び越えられないよう工夫された隣の区画から、肉食動物のライオン家族が草食動物エリアのシロオリックスをじっと見ている。
「今、当園で注目を集めているのは、昨年12月にインドネシア共和国から迎えたメスのボルネオオランウータンのジェニファーです」
池田さんによると、とべ動物園では、すでに飼育していたオスのボルネオオランウータン「ハヤト」の繁殖相手として、インドネシアの動物園、タマンサファリ・インドネシアからジェニファーを導入することとなった。オランウータンはインドネシアが国を挙げて保護している動物である。とべ動物園はタマンサファリ・インドネシアと国際共同繁殖プロジェクトを立ち上げているが、これはとべ動物園の繁殖技術が認められたというわけだ。

空中散歩を楽しむスマトラオランウータンのディディ。樹上で生活、移動するオランウータンが過ごしやすい環境が作られている。

ボルネオオランウータンを迎えるにあたり、とべ動物園から4名の職員がインドネシアで研修。ジェニファーは3月から公開中だ。
信頼関係を築き、ストレスを与えずに必要な世話や健康管理をする

動作訓練のおかげで足を洗うのもスムーズ。
優しく声かけされながら、長い柄でタッチした足を洗ってもらうアフリカゾウの媛。指示通りできればご褒美の果物などがもらえる。
昨今、盛んに叫ばれている動物の生活環境を豊かにすることで、動物本来の自然な行動を促す「環境エンリッチメント」も含め、とべ動物園でも動物福祉を目的としたさまざまな取り組みに挑戦している。「ハズバンダリートレーニング」(受診動作訓練)もそのひとつ。おやつなどのご褒美(正の強化)を与えながら、動物の自発的な行動を引き出すことで、動物が楽しく、快適に、健康を守るための検査などに協力してくれるよう促すための訓練だ。

鼻先に手をかざす「吻(ふん)タッチ」。触られることに慣れさせるハズバンダリートレーニングだ。モデルはレッサーパンダの砥々丸。
「この行動をするとご褒美がもらえる、と覚えてもらうことで、麻酔することなく獰猛なネコ科動物の採血などができるようになりました。人間と動物との信頼関係を築くことで、動物に負担なく、動物の健康管理をすることができています」(前出の池田さん)
まずは、じっくりと、それぞれの動物に合った方法で訓練を始める。キリンの蹄の手入れや、ゾウの耳や足など乾燥しやすい部分の手入れ、採血、体重測定、健康診断などが、ハズバンダリートレーニングによって可能になっているという。
「動物目線」を培う
他にも、とべ動物園ではさまざまな工夫で動物たちの生活に豊かさを与える努力をしている。
「夜中に食事をすることもある動物のために自動給餌機を作って設置したり、怖いと感じたらすぐに隠れられるよう、獣舎の扉を開けておいたりしています」(池田さん)

ゾウが立ち上がって鼻を伸ばして届く地上から5mほどの高さに、タイマーで自動的に降りてくるよう設置された干し草。飼育員の手製の給餌機だ。
自動給餌機といっても、食物が出てきてすぐに食べて終わるわけではない。アフリカゾウであれば、背伸びして鼻を伸ばしてようやく届く高さに餌の干し草が吊り下げられるように設置。自分で工夫をして餌をとり、時間をかけて食べることで、退屈な時間を減らし、ストレスを軽減しているという。
「砥愛は賢くて、自分で丸太を運んできて踏み台にし、鼻でネットを揺すって干し草を落として食べたりしています」
人の工夫と動物の知恵の共競だ。
「ホッキョクグマのピースの誕生日会では、地元の製菓学校の生徒さんが作る氷と果物のケーキで盛大に祝います」


日々の生活の中にこうした動物にとっての楽しみを加えることもまた、動物福祉になる。
とべ動物園では、今後も動物福祉の取り組みを増やしていくそう。「動物目線」により、来園者もより動物への理解が深まる体験ができそうだ。
愛媛県立とべ動物園

愛媛県伊予郡砥部町上原町240
電話:089・962・6000
営業時間:9時~17時(最終入園16時30分)
定休日:月曜(祝日の場合翌火曜)、12月29日~1月1日
料金:大人600円
交通アクセス:伊予鉄道松山市駅より伊予鉄バス乗車、とべ動物園前下車、すぐ。車では松山ICから国道33号を南に約10分
取材・文/平松温子 撮影/奥田高文 写真提供/愛媛県立とべ動物園
※『サライ』2026年6月号より












