天ぷらが新時代を迎えている。キーワードは、素材と衣。従来の江戸前の天種にとどまらず、魚、貝、山菜、根菜、夏野菜まで、山海の旬の味わいを自在に用いる。それらを引き立てる衣は、サクサクと霜を踏むような極上の軽やかさ。温度を抑えた緻密な火入れで、素材のエキスを香りよく開かせる。新しい天ぷらでその真骨頂に出会いたい。

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中村友紀さん(41歳)
全国にその名を轟かす鮮魚店『サスエ前田魚店』に1年勤め、店主の前田尚毅さんから魚の扱いを習得。その後、やはり地元の天ぷらの名店『成生』で8年間研鑽を積み、2023年5月に独立、焼津駅ほど近くで開店。

静岡・焼津に、天ぷらの新境地を切り拓く店がある。江戸前ならぬ駿河前。豊饒の海そのものを味わうような、かつてない瑞々しさに溢れる天ぷらを食べに行った。

さくさくふっくら。初夏の駿河湾、天ぷらの小旅行へ【静岡 焼津】なかむら

文=角田光代

天ぷらはおいしいことが当たり前、という先入観がある。焼津の人気店、『なかむら』さんのお昼のコースで、天ぷら一品目、イトヨリダイを食べた瞬間、その先入観が大きく揺らいだ。イトヨリダイの天ぷら自体はじめて食べたのだが、「おいしい」をはるかに超えたおいしさ。薄い衣に包まれた魚の身はふっくらとしてみずみずしく、深いうまみがある。

次に出てくるアオリイカは強い弾力があり、噛めば噛むほど甘みが出る。アスパラ、レンコンと続くが、朝に収穫したばかりという野菜類も力強い味わいがある。

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アスパラ
朝採れアスパラはじっくり火入れし、部位ごとの風味を引き出す。穂先はいんげん豆のような香り、根元は香ばしさが身上。繊維を感じさせない柔らかな食感が白眉。

それから白甘鯛。うろこがさくさくとやさしい食感で、身はむっちりと張りがあり、噛みしめると上品な甘みがある。

鰺の天ぷらを食べたとき、これは私の知っている鰺ではない、とけっして誇張ではなく、愕然とした。鰺はなじみ深いが、こんなに奥深い味だったのかと開眼する思いである。驚くのは、鰺自身が調理されたことに気づいていないのではないかと思うような鮮度のよさ。駿河湾の鰺は桜エビを食べて育つと聞いたけれど、そんなゆたかさまでが含まれるようなぜいたくな味わいだ。

小ぶりなイワシは、きゅっと引き締まった身にうまみが詰まっていて、余韻が長く残る。アカザエビは、ミソをベースにしたスープにつけて身を食べるのだが、濃厚なビスクのようなスープに、ぷりっとした食感のエビを浸すと、甘みが引き立って、うっとりするようなおいしさである。ハマグリは半生のようなとろりとした食感で、一口食べると磯の香りが果てしなく広がるようだ。

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活真イワシ
近隣の『サスエ前田魚店』に11時に届いた朝獲れの生きたイワシを、12時スタートの昼のコースで供すという驚きのスピード感。さくさくの衣にかぶりつけば、小さなイワシの身から想像しないほどの力強い生命力が溢れ出る。

魚はもちろん、地元産の野菜も、それぞれの個性を引き出すような下ごしらえ、揚げかたをされているのだと納得するのだが、揚げてなお魚介がみずみずしい、鮮度がある、というのは、いったいどういうことなのか。それから、天ぷら屋さんでよく耳にする、ジュワーッ、パチパチというような、揚げるにぎやかな音がほとんどしないのだが、それもいったいどういうわけなのか。

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カサゴ
コースの序盤では、揚げたての白身魚を天つゆを張った大根おろしに直接置いて提供する。つゆに触れた衣がじゅっと音を立て、コースの幕開けを告げる趣向。この日はカサゴで、ふっくら肉厚な身から上品な旨みと香りが広がった。
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小玉ねぎ
小玉ねぎはひげ根や芽もまるごと揚げて、手渡しに。とろけるような凝縮された甘みと旨みが秀逸。野菜の一部は毎朝、近くの畑で中村さんが収穫する。
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金目鯛
金目鯛は鱗をパリッと、身は中心が人肌になるような繊細な火入れで魚のエキスを開かせる。八角が香る中華風ソースで。
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磯辺揚げ
磯辺揚げは、鯵、アオリイカのゲソ、鯛など4〜5種類の魚介と根菜を合わせて、海苔に巻いて揚げる。食材を無駄にしない工夫でもあり、食べれば新鮮な練り物のような豊かな風味がある。
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天丼
締めは天丼と天茶から選ぶ。かき揚げには、その日の魚と根菜が入る。この日は、太刀魚、アオリイカ、蓮根入りで旨みが弾ける。

駿河湾を、まるごと味わう

私の抱いた疑問の答えは、中村さんが魚を仕入れている『サスエ前田魚店』にあった。静岡はじめ、全国の有名店に魚をおろしている『サスエ前田魚店』の五代目、前田尚毅さんは、つねに三十人ほどの漁師さんと連絡を取りながら、早朝に市場にいき、取引のある飲食店を念頭に置いて魚を選ぶ。前田さんによると、とにかく魚は水分、保水が決め手。水分を封じこめるような処理をし、保水しながら揚げる。だからみずみずしさが残り、身がしっとりと膨らむ。揚げる際に音がほとんどしないのも、水分が失われていない証拠だという。

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上から、金目鯛、甘鯛、鯵。『サスエ前田魚店』では、連携する漁師さんから届く“泳がせ”の生きた魚を締めて、魚本来の味わいを引き出す。

この前田さんが、料理人の志村剛生さんと二人三脚でオープンさせた『成生』という天ぷら屋さんが静岡にある。天ぷらの概念を変えたといわれている名店で、今では予約困難どころか、予約不可能なお店である。『なかむら』店主の中村友紀さんは、まず『サスエ前田魚店』に勤め、前田さんのもとで一年間指導を受けつつ働き、その後、『成生』さんで八年間修行したというのだから、お店自体のオープンは三年前であるものの、たいへんなキャリアを持つ料理人なのだ。

油は太白胡麻油。
「こんな天ぷらは初めてです。素晴らし過ぎます!」と感激ひとしおの角田光代さん。

前菜から、ラストの天茶/天丼まで、全二十三品のコースである。食べ終えても体が軽い。深い満足感とともに、駿河湾の豊饒さ、静岡という土地の力強さが実感として心身に残り、それがいつまでも消えない。

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カウンター7席のみ。
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主人の中村さんと、サービス担当の女将・利依さん。

なかむら

住所:静岡県焼津市栄町2-4-8 
電話:054・639・6613 
営業時間:12時〜、18時〜の一斉スタート 
定休日:日曜
交通アクセス:JR焼津駅より徒歩約5分 
◎コース2万3000円、予約制。

撮影/宮濱祐美子

※この記事は『サライ』本誌2026年5月号より転載しました。

5月号の大特集は『天下人の城』

 

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