
1947年、東京生まれ。博物学者、作家。少年時代より海洋生物に惹かれ、関連図書は多数。代表作に350万部を超え、映画化もされた小説『帝都物語』などがある。
ジンベエザメ
飼育開始時の全長は4.6mだったが、31年の飼育の間に倍近くの8.8m、体重6トンまで成長した。世界最長飼育記録を更新中。
「一見、役に立たない研究こそが、役に立つ成果を生み出すのです」
沖縄美ら海水族館は、1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会跡地(現国営沖縄記念公園)に、2002年に開館した施設である。東シナ海に面した4階建ての建物には「黒潮の海」という大水槽を始め83の水槽が設置され、約800種、1万3000点の海洋生物が飼育されている、国内最大級の水族館だ。
展示エリアは上階から下におりる構造で「サンゴ礁への旅」「黒潮への旅」「深海への旅」と続く。年間の入館者数が約300万人を超える、沖縄屈指の観光施設であるが、一方、海洋生物の研究でも最先端を行く。
旅の目的は深海生物
そんな沖縄美ら海水族館(以下、美ら海)を、博物学者で作家の荒俣宏さんと訪れた。美ら海は何度も訪れている荒俣さんだが、今回の目的は深海生物である。
「美ら海の深海水槽はすごいんですよ。飼育員さんたちが沖縄の海で採集した、珍しい深海生物がうじゃうじゃいるんですよ。深海のパラダイスです」
と、入館前からやや興奮気味に話す荒俣さん。真っ先に深海のフロア(深海への旅)を目指すのかと思えば、最初のサンゴの海の水槽で釘付けとなり、愛用のカメラで撮影に余念がない。
大水槽ではバックヤードに入らせてもらい、ジンベエザメを真上から観察した。前身の水族館から31年間飼育が続くオスの「ジンタ」である。
「いやぁ、ずっと同じ個体なんですね。それにしても大きいなぁ」
「人工子宮」でサメの育成に挑戦する

荒俣さん待望の深海生物のいるエリアにやってきた。世界の海の大部分は水深200mを超える深海である。美ら海では、深海の生物を約130種展示するが、ここにくると「世界初」「日本初」という展示が一段と増えてくる。深海はまだまだ未知のゾーンなのだ。そんな謎だらけの深海に、荒俣さんは惹かれ続けている。
荒俣さんが足を止めたのは「コトクラゲ」の水槽の前だ。
「これは戦前に昭和天皇が相模湾で発見した生物なんですよ。初めて実物を見たんだけどじつに面白い形だ。いいですねー」
そうやって次々に登場する深海生物に見入る荒俣さん、気になる展示があるとじっと覗き込んだまま動かない。深海生物も動かず、荒俣さんの観察に身を委ねているかのようだ。
お目当ての展示の前に来た。「タスキサクラダイ」だ。2019〜2023年に沖縄本島沖で採集され、2025年9月に学術誌に掲載された日本初記録種である(※)。
「これ釣り上げたというけれど、よくかかったね。もう日本初がゴロゴロいます。タスキサクラダイ、もし死んだら僕にくれないかな」
※高知大学との合同報告



ホホジロザメの飼育を目指す
特別に許可をもらいバックヤードに回ると、深海を調査し生物を採集できる無人潜水艇(ROV)や、水圧がかけられる独自開発の器具などが置かれている。荒俣さんはそんな道具にも興味津々、係員の説明にうなずきながら質問を重ねる。荒俣さんの関心は生物だけでなく、採集道具やシステムにまで及ぶ。

深海の調査を行ない生物の採集もする、無人潜水艇(ROV)。漆黒の深海をライトで照らし、深海生物をロボットアームの操作により採集する。
「深海の水圧を作るために、美ら海では建物の高さを利用しているんですよ。ここが1階なので最上階の4階から配管して上から自然に水圧をかけるシステムです」
バックヤードを進むと赤く光る実験室のような一角がある。「ヒレタカフジクジラ」の水槽である。クジラというが小型の深海ザメで、孵化後も母体の胎内で育つ胎生種だ。ここで育成されるのは母体から取り出した胎仔で、母体の羊水に似た成分の液体を作り、そのなかで育成しているのである。赤色灯に浮かぶ水槽は、サメの子宮内環境を再現する「人工子宮」と呼ばれる装置である。

人工子宮で育成されているヒレタカフジクジラの胎仔。


希少サメの生態解明と繁殖を目的に開発された装置だが、そこで荒俣さんは、こんな質問を投げかけた。
「そういえばジンベエザメも胎生でしたよね。胎内に300もの胎仔がいるという。ということは人工子宮はジンベエザメにも応用できますか? ジンベエザメの赤ちゃん、見てみたいな」
荒俣さんの質問に飼育員は「可能性はあります」と答えたが、ゆくゆくは「ホホジロザメ」の育成を目指しているという。ホホジロザメは現在まで水族館で飼育・展示された例がなく、それが実現すれば世界の大ニュースになる。
「こんなことまでやっているとは知らなかった。これはもう未来の水族館です」
研究成果を深海の展示に見る
「美ら海にはサメ博士といわれる人がいるほど、専門の研究者がたくさんいます。彼らが日々何をやっているかというと、人工子宮のような“すぐには役に立たない研究”ですよ。お金も時間もかかってすぐに役立つものではないけれど、即ちそれは基礎研究なんです」
『すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる』という著書もある荒俣さんは、美ら海のそんな姿勢を大いに評価する。
「美ら海は入館者が多く資金力があるからできるのかもしれないけど、役に立たないことをやり続けるというのは、今の世の中で一番チャレンジングなことですよ」
美ら海ではそんな研究の成果の一端を「世界初」「日本初」という展示で見ることができる。その宝庫が荒俣さんにとっては深海の展示なのだ。美ら海に行くことがあれば、飼育員や研究者が心血を注いだ「役に立たない」その結果を、とくとご覧いただきたい。
新鮮な海水を常に取り込む“かけ流し”方式

「熱帯魚の海」には屋根がなく、南国の陽光が降り注ぎ、色鮮やかな熱帯魚を観察できる。晴れた日は午前中に訪れるのがおすすめ。
沖縄美ら海水族館は、海岸沿いの段丘に立つ。この段差を活かして最上階の4階から入り、1階に下りながら展示エリアを巡る。
最初に目にする展示が沖縄のサンゴ礁域を再現した「サンゴ礁への旅」だ。ここでは約80種、400群体のサンゴを飼育する「サンゴの海」と色鮮やかな熱帯魚が泳ぐ「熱帯魚の海」のふたつの水槽がある。
「水槽の上から自然光が降り注いで凄く美しい。魚の色もくっきりして、見つめていると合成画像かと思うほど。それだけ鮮やかに見えます」(荒俣さん)
さらに下ると「黒潮の海」という巨大水槽が現れる。ジンベエザメやマンタが悠々と泳ぐ、美ら海のメインスポットだ。水量は約7500トン、25mプールに換算すると約20杯分に相当する。
「目の前の海から、次々に新鮮な海水を取り込んでいるそうです。温泉でいうとかけ流しですね」
荒俣さんは水槽の構造にも注目。
「大水槽のガラスは厚さ603㎜のアクリルが使われています。膨大な水圧に耐える厚みを持ちながら、透明度を保たなければならない。巨大水槽のアクリル技術は日本がナンバーワンなんですよ」
さらに下ると、前ページで紹介した深海の展示となる。
沖縄を訪ねたら必見の水族館
荒俣さんは沖縄美ら海水族館の魅力をこう語る。
「開館から24年経っても、常に海洋生物の最新情報を見せてくれる水族館です。沖縄を訪れたら絶対来たほうがいいです」
沖縄美ら海水族館

沖縄県国頭郡本部町石川424 国営沖縄記念公園(海洋博公園)内
電話:0980・48・3748
営業時間:8時30分~18時30分(最終入館17時30分)、延長期間はホームページ参照
料金:大人2180円
定休日:ホームページ参照
交通アクセス:那覇空港より車で約2時間、高速バスで約2時間30分
https://churaumi.okinawa
取材・文/宇野正樹 撮影/齋藤 明 写真/国営沖縄記念公園(海洋博公園)沖縄美ら海水族館
※『サライ』2026年6月号より












