画家・松井守男……コロナ禍の日本で突如国内で名前が知られるようになった、フランスを拠点に活躍する画家だ。2020年たまたま日本に滞在中に新型コロナウイルス感染症が発生。フランスに帰国できなくなった。そのときにNHKの『日曜美術館』に出演。「コルシカのサムライ NIPPONを描く 画家・松井守男」というタイトルで放送された回は、歴代トップクラスの視聴率をマークする。



松井守男
1942年愛知県豊橋生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵科を卒業。同時にフランス政府奨学生として渡仏。パリを拠点に制作活動を始め、アカデミー・ジュリアンやパリ国立美術学校に学ぶ。そのときに、晩年のピカソと出会い5年間の交流をする。1985年『遺言』を発表。高い評価を得る。2000年にはフランス政府より芸術文化勲章、2003年にはレジオン・ドヌール勲章を受章。現在はフランス・コルシカ島のほか、長崎県五島列島にもアトリエを持ち国内でも制作を行っている。

若さの秘訣は、年齢と肩書を捨てること

フランスでは“光の画家”としてその名が知られている画家・松井守男。日本では最近まで“知る人ぞ知る画家”だった。

【ピカソとの交流やパリでの修業時代の話はこちら

「私は60年近くフランスで活動しています。つまり、日本では無名の私が出演する『日曜美術館』を多くの日本人が見てくれたのです」

番組は、松井が瀬戸内海の小さな島の光に魅せられ、「ここで世界をアッと言わせる絵を描く!」と瀬戸神社の襖(ふすま)に巨大な新作を描く様子を追っている。無邪気であり真摯、そして命がけで絵に向かう松井の姿に心打たれる。そして、この回は歴代トップクラスの視聴率をマークする。

「それまで僕は、日本人は権威主義だと思っていました。しかし、そうではないことがわかった。誰もがアートを見る目を持っていると確信したのです。そして、僕はコロナ禍を機に、祖国でも拠点を持ち、アートの楽しさや喜びを伝えていきたいと感じたのです」

松井は現在、79歳だ。画面を通して観る以上に、実物は若い。年齢を感じさせないエネルギーが溢れている。まずはその秘訣を伺った。

「それは年齢や肩書にとらわれないことです。これはアートを本当に理解し、楽しむ秘訣にもつながっています。日本人の大多数が、絵を見たときに、自分の感性よりも“専門家”の意見や、社会的評価、そして値段を重視します。つまり、正解を求めてしまうのです。しかし、アートに正解はありません。自分がどう感じるかが全てです。自分がいいと思ったら、それがあなたにとって最高にいいものなのです。その最高のものを購入して家に置き、日々眺めることで感性は磨かれていくのです」

私たちは、社会が“いい”とされるものを評価し、そこに自分の感性を矯正してものを見ている部分が多々ある。

「合わせる必要はないんです。それは特に年齢にもいえますね。これにとらわれすぎている部分があるから、自ら老いるのだと感じます。60代は60代らしく、70代は70代らしくというけれど、そんなのはとっぱらってあなたとして生きればいいのですよ。そうそう、先日、僕は郷里・豊橋の老人クラブで講演を依頼されて会場に入りました。団体名に“老人”と冠しているのだから、当然、老いた人がたくさんいます。そこで僕が年齢を伺ったら、僕より若い人だらけだったんです。“老人は老人らしく生きる”ということにとらわれずに生きれば、その瞬間から人生は変わるとお話しました」

日々、アートを感じて、自分を解放する

実年齢より若く生きるコツを聞いてみた。

「フランス人を例に出しますが、彼らは年老いても若い。それは肩書を意識していないから。孫が生まれても、“おじいちゃん・おばあちゃん”ではなく、個人の名前で呼ばせます。僕は今も独身ですが、もし孫がいたら“モリオさん”と呼ばせます。これが“おじいちゃん”だったら、あっという間におじいちゃんらしくなってしまっているでしょう。ほかにも、シニア層・前期高齢者・後期高齢者……さまざまな枠組みがあります。これに括られず、個人として毎日を生きるのです。今からでもそれはできますよ」

それを手助けするのがアートとそれを感じる心だという。それはなぜだろうか。

「フランスは街にも家にもアートがあふれている。自然に「自分はこれを好きか嫌いか」という問題を突きつけられるからです。自分がどう思い、何を選ぶか。それが自分として生き、人生を楽しむ秘訣です。僕自身、食事などはあまり関係ないと考えています。例えば、フランス人はバターをたっぷり使った脂っこい食事を食べていますが、健康で長生きしています。入院したり、寝たきりにならず、毎日の生活を楽しんでいます。その秘訣はアートの存在もありますが、どうもワインがいいようですね。適度なアルコールと、それによるコミュニケーションが心身にいい刺激をもたらすようです。あとは、バカンスをしていること。日常を断ち切る時間を持ち自分を解放すると、とらわれているものが減るのです」

とはいえ、日本はバカンスに行く前にとらわれるものが多い。その代表的なものがお金だ。老後資金に2000万円が必要と言われ、足りないことに恐怖を覚え、長生きのリスクにおびえる人も多い。

「それでお金を溜め込む。ガマンをして蓄積したお金を、オレオレ詐欺(特殊詐欺)に取られてしまう人も多いと聞きます。それは、不安や恐怖に凝り固まっていると、自分しか見えなくなってしまいます。すると社会からの圧力に自分を合わせてしまうのでしょう。そもそもオレオレ詐欺は、子供や孫と会話をしていれば発生しません」

どんなことも楽しそうに話す。対峙しているとエネルギーがその身体から吹きあがっていることを感じる。

日本には、親子関係がうまくいっていない人も多い。子供に勉強をさせて学歴をつけさせたり、「きちんと普通にまっとうに生きろ」とばかりに、やりたいことを我慢させる子育てをする人が多いからだ。

「そんな過去にとらわれなくてもいいんです。親子関係をよくするコツは、お金を放出すること。“小遣いをあげるよ”といえば、孫や子供も頻繁に顔を出します。そして何より感謝される。生きているうちに子や孫に“ありがとう”と言われて、日常的に会話をしていれば、困った時には駆けつけてくれますよね。それが人間ですから。あと、子供がいる人もいない人も、旨い話を疑うことは重要」

松井の元にも、特殊詐欺の電話がかかってきたという。内容は「多額の遺産があり、その受取人になるには弁護士に300万円支払わなければいけない」というものだった。

「そんなわけがない(笑)。僕は美大を出て、フランスに留学しているから裕福な家に生まれたと思われるけれど、実家は豊橋の魚屋さん。僕が小学生のときに仕出し屋も始め、ずっと岡持ちを持たされて、出前の手伝いをしていたんですよ。カッコつけたい時期に、友達にからかわれたりしてね。ある意味、底辺から這い上がったともいえるのです。そんな家に遺産などあるわけがない。すぐに断りましたよ」

定年したら、自由に生きろ!

話せば話すほど、過去のさまざまなエピソードが溢れてくる。美大時代の下宿先だった美しき令嬢との恋、留学直前に出版社の社長に手紙を出し「アルバイトをさせてほしい」と依頼し採用され、様々な作家の原稿取りをした日々など、松井の人生は自由そのものだ。

「そんなことはありません。パリに行く前は、社会の目を気にしたり、みんなと同じことをしなければと意識していました。権威主義的な部分もあったと思います。でも、パリで生活して、その無意味さがわかった。私が渡仏した55年前のパリは、本当に様々な人がいました。アパートの管理人がカンボジアの革命で国外追放された医師だったり、タクシーの運転手がロシア革命で亡命した貴族の末裔だったりね。僕の秘書のロベールの祖父はポーランドの貴族だったのだけれど革命で追い出されて炭鉱夫になり、その後にパリに来たという。画廊やコレクターの大半がユダヤ人です。つまり、抗えない厳しさや悲しみを生まれたときから味わっている人が多いのです。今もパリは移民が多い。それぞれのルーツが違うので、“右へならえ”をする基準がない。そんな中で生活していると、やはり変わっていきます」

パリで壮絶ないじめに遭い、さまざまなものを見て、さまざまな経験をした松井に、最近驚いたことを聞いてみた。

「最近、親しくしていた人が引退して“オマエの人生なんだった?”と聞いたら“忍耐・ガマン・辛抱だった”と言ったんです。何のために生きているのか。“引退したら自由に生きろよ!”と伝えました。日本社会で会社員として生き抜くためには、自由になるのはハードルが高い。でも、その生活が終わったら自由に生きよう。我がままと言われようとも、思ったことは言葉に出す。あ、そうそう。若さの秘訣はもう一つありました。それは、理不尽さと戦うこと。不当な扱いを受けていると思ったら、声を上げる……それが、あなたの健康と若さだけでなく、よい社会と未来につながって行くのです」

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