文/鈴木拓也
国立がん研究センターの統計では、がんと診断される人の数は年間約100万人。社会の高齢化が進むにつれて、さらに増加することが予想されている。
これに合わせるかのように増えているのが、がん治療に関する情報。医師の書いた一般向け書籍をはじめ、テレビの健康情報番組やインターネットの専門サイトなど、溢れかえるように情報がある。中でもインターネットの情報は玉石混交。論拠のない誤情報が紛れ込んでいたり、効果の不確かな民間療法へと誘導するあやしいサイトも多い。
この様相をして、「私は、がん治療は情報戦であると考えています」と述べるのは、産業医科大学の佐藤典宏医長。
佐藤医長は、「がんについての正しい情報を持っている人の方が、がんを克服できる可能性が高い」という事実を、「情報戦」という言葉を借りて説明する。
その「正しい情報」の基準が、医学的根拠を意味する「エビデンス」。臨床研究などから、効果がある治療法として認められるデータ・指針のあるものが、「正しい情報」とされる。
そうしたエビデンスがある研究結果を、わかりやすく解説したのが、佐藤医長の著書『「このがん治療でいいのか?」と悩んでいる人のための本』だ。
本書に記されている内容は、一医師から導かれた経験則といったものでなく、数千、数万の症例に基づく確かなもの。それらを、がんに悩む患者が理解しやすいよう、噛み砕いて説く。
今回はその幾つかを、紹介しよう。
■手術を避け代替医療を選択すると死亡率は2.8倍
多くの場合、医師はがんの治療法として手術を選択し、患者にすすめる。
しかし、医師が「手術がベスト」と判断しても、患者側がそれを拒否することがある。よく知られているケースは、乳がんで乳房の全摘出が必要となった際に、女性患者は心理的に受け入れられず、代替療法を選択した場合。
佐藤医長は、アメリカ国立がん研究所のデータベースの調査結果を提示する。その調査によれば、すすめられた手術を受けた患者、拒否した患者とで、がんの死亡リスクを比較したところ、拒否した患者の死亡リスクは2.8倍。手術の拒否は、かなりリスキーであることがわかる。
一方で、佐藤医長は、手術をしないという選択肢が間違いではないこともあるとも。
がんの治療に関しては、治療効果だけでなく生活の質や自分の気持ち(価値観)を重んじることも大切ですので、必ずしも生存期間だけを基準にして治療を選択することが正解とは言えません。特に手術は体に負担となりますし、合併症が起こったり後遺症が残ったりする可能性もありますので、受けられない人もいるでしょう(本書30~31pより)
がんの種類・ステージによっては、放射線治療でも手術と同等の結果のことがある。最終的にどうするか、担当医とよく相談するようにしたい。
■抗がん剤による好中球減少で死亡リスク低下
抗がん剤を投与したことで生じる副作用、例えば、脱毛や肝機能障害は百害あって一利なしと言える。
だが、好中球(白血球の1種)が減少するという副作用があると、(なかった場合に比べ)死亡リスクはかなり減少するという。
エビデンスとなったのは、3種類の抗がん剤を投与した乳がん患者325人を対象とした研究。投与後の好中球の減少と全生存率との関係を調査したところ、「重度の好中球減少が見られると死亡リスクが36%低下し、軽度の好中球減少が見られると死亡リスクが57%も低下」したという。
同じような結果は、他のがんでも報告されているそうで、佐藤医長は、「多くのがんで、抗がん剤による好中球減少は治療効果が高いというサイン」だとしている。
■ショウガは副作用の吐き気を軽くする
抗がん剤の副作用で代表的な吐き気は、生活の質を悪化させる厄介な代物。その対策として吐き気を止める制酸剤があるが、十分な効果が得られないこともある。
そこで、佐藤医長がすすめるのが「ショウガ」だ。この何の変哲もない食材には、吐き気を抑える効果があるという。
抗がん剤を投与されているがん患者たちを、ショウガ抽出物を摂るグループとプラセボ(偽薬)を摂るグループに分け、吐き気に対する抑制効果を調べたところ、ショウガを摂った人たちが「吐き気に関連する生活の質が高く、また疲労感が少ない」ことが判明したという。
さらにショウガには、がんの成長を抑制する作用があることも示唆されている。
がん細胞を使った試験管の実験では、ショウガ(あるいはその抽出液や成分)は肝臓がん、膵臓がん、胃がん、大腸がん、胆管がんの細胞を直接殺したり、増殖を抑制したりすることが報告されています。(本書141pより)
マウスなどの動物を用いた実験においても、同じような作用が見られたとのことで、今後がん患者に推奨される食材となる可能性がある。
■ナッツやコーヒーは大腸がんの全死亡リスクを低下させる
ゲルソン療法といった、がんに効くという触れ込みの食療法の中で、実際に効果があったというエビデンスはないという。
しかし、がんの再発率を抑え、死亡リスクを減らすエビデンスのある特定の食べ物ならある。一例として佐藤医長が本書で取り上げているのが、大腸がんに対するナッツやコーヒーの効果。
ステージIIIの大腸がん患者826人の食事内容を調査したところ、アーモンドやピスタチオといったナッツを週に2回(計約60g以上)食べた患者は、食べない患者に比べてがんの再発と死亡のリスクが42%低下したという。
別の研究では、コーヒーを1日に4杯以上飲む患者は、飲まない患者に比べ、やはり再発と死亡のリスクが42%低下したという結果が出ている。
これからも、食品とがん死亡リスクに関するエビデンスは増えてきそうなので、こうした情報は注視すべきだろう。
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本書にはこのほか、「(海外の調査では)金曜日の手術は月曜日の手術よりも死亡率が50%前後上昇する」、「運動によって筋肉からがんの活動を抑える物質が分泌される」等々、興味深い情報が多数載っている。いずれも信用に足るエビデンスのある内容なので、がん治療に関心のある方は目を通しておくとよいだろう。
【今日の健康に良い1冊】
『「このがん治療でいいのか?」と悩んでいる人のための本』
https://bookpub.jiji.com/book/b448895.html
(佐藤典宏著、本体1,600円+税、時事通信社)
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。