文/中村康宏
病院にかかっているから安心、検診を受けているから安心と思っている人が大半だと思います。しかし、結論から言うとその安心感は虚像でしかありません。*ヘルスリテラシーを持って医療・健康と向き合ってみると、本来あるべき医療との付き合い方が見えてきます。
*ヘルスリテラシー:様々な情報を立体的に捉え、情報を使いこなしそれを自分の健康に応用する能力
■がん検診を受けても、死亡率は改善しない!?
収入が高い人が長生きすることは経験的にも統計的にも明らかですが、貧富の差が寿命の差につながる要因は何なのでしょうか? 医療にお金をかけるほど寿命が伸びるかのように思いますが、それを疑う専門家も多いのです。「健診を受ける=予防」と盲目的に考えていると痛い目にあいます。
2017年、アメリカのダートマス医療政策研究所から「収入とガンの過剰診断:過剰治療が問題になる時」という論文が発表されました。それによると、乳がん、前立腺がん、甲状腺がん、メラノーマの4種類のがんの発見率は高所得層で低所得層のなんと“2倍”であるにも関わらず、死亡率は両者に差がなかったのです。(*1)まず、発見率が高いことは良い医療を受けていることが理由かもしれませんが、これだけの差が生まれる最大の理由としては「高所得層の検診受診率が高かった」と考えるのが妥当です。では、なぜ発見率が高くなっても死亡率は変わらないのでしょうか? そこには、早期発見を目指した「がん検診」が、治療の必要のない患者に対する“過剰医療”をうみ、逆に寿命を縮めるのではという懸念があります。
■過剰医療の実態
寿命を縮めるような無駄な医療、つまり「過剰医療」は大きく三つに分けられます。
(1)医療機器の過剰使用(over utilization):日本は諸外国と比べて圧倒的にCT保有数が多いことは有名です。日本は100万人あたり107.2台、他国の4倍近いCTを保有しています。(*2)そのため、日本人はCT検査を受ける機会が多いわけですが、一般的に、CT検査の被曝線量は胸部X線撮影の線量の600倍と言われ、CT検査によるがんの発生件数は約30,000件、その内の14,500件が死亡すると予想されています。(*3)
(2)薬の過剰投薬(over prescription):薬やサプリメントには相互作用があり、飲み合わせによっては思いもよらない有害事象に遭遇します。薬の見直しが正しく行われず、ある薬の副作用に対して別の薬が処方され、さらにその副作用に対処するために次の薬が処方される、という連鎖(処方のカスケード)が起きれば、飲み薬は雪だるま式に増えていきます。(*4)
(3)過剰治療(over treatment):検診などで様々な検査をすると、無害な「がんの疑い」を高い確率で見つけてしまいます。このような形で見つかった場合、そのほとんどが無害とわかっていても放置するわけにいきません。結局は手術やその一連で行われる抗がん剤治療を受けることになります。これが過剰医療ですが、これらによる副作用・合併症で命を落としたり命を縮めることがあるのです。
■過剰医療の“ゲートキーパー”
このような過剰医療を防ぐための監視役(ゲートキーパー)として、日本では“支払基金”が、アメリカでは各保険会社がその役割を果たします。医療機関への医療費の支払は全て科学的根拠に則ってその医療行為が行われたかどうかで支払われ、根拠のない診療にはお金は支払われません。例えば、筆者が海外旅行者を診療していて保険会社に必ず「MRIを撮る場合は事前にご一報ください」と言われます。なぜなら、保険会社にとってMRIは1回約2000ドル(約22万円)の出費になるそうで、MRIを安易に許可してしまうと保険会社が破産してしまうからです。
しかし、医療には倫理的側面、サービス業的側面があり、ゲートキーパーが画一的に検査や治療の基準を設けることができないジレンマがあります。
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