文/柿川鮎子
気持ちが通じ合い、言うこともほとんど理解してくれる愛犬。言葉の通じる人間よりもこちらの気持ちを読み、受け入れてくれる包容力をもっているので、うっかり人と同じ動物のように感じてしまいがちです。
しかし、身体も人と同じと考えてしまうと、病気の原因となってしまうことがあります。逆に、人と犬の違いについてきちんと知ることで、健康で元気に長生きするヒントが得られるはず。
そこで今回は、犬と人とはどこが違うのか、大きく3つの異なる点について獣医師の林文明先生の著書『愛犬を長生きさせる食事』(小学館)よりご紹介いたします。
■その1:食性と体の構造が違う
犬は雑食、猫は肉食と言われていますが、もともと犬は肉食のオオカミが祖先です。人と暮らすようになり、人と同じ食べ物を食べるようになったことで雑食になりましたが、そもそもは肉食なのです。それにともなって、体の構造にも違いが生まれました。
歯は鋭く、骨を噛み砕けるように牙をもち、顎の力も強くなっています。ただし牛や人間がガムを噛んでいるような咀嚼はできません。
消化器官もたんぱく質の分解を得意とするような構造となっています。炭水化物が食べ物の主体である人とは違う消化構造です。食物繊維の分解も苦手です。
食べてはいけないものもあります。一般的に、玉ねぎやチョコレートを与えると良くないのは知られていますが、キシリトールや保冷剤の不凍液で命を落とす犬がいることを忘れてはいけません。
走る能力については、人間をはるかに超越しています。オオカミは一日じゅう獲物を追って、走ったり歩いたりします。長時間走ることができる体力と身体機能をもった動物だからこそ、家庭でも毎日の散歩が必須なのです。
■その2:感覚が違う
感覚についても、人と犬とは大きな違いがあります。ひとことで言えば「人は視覚、犬は嗅覚の動物」と言えます。
人は視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚の五感のうち、8割を視覚でとらえています。目で見て判断するのです。
一方、犬は嗅覚4割、聴覚3割、視覚2割、その他1割です。鼻と耳が発達しており、嗅覚では微妙な匂いをかぎ分けることについては人のおよそ70倍もの高い能力をもっています。
視覚すなわちものを見分ける能力は低いものの、動くものを捉える動体視力は優れています。止まったものに対しては近眼ですが、動くものならば人間よりはるかに遠くから見極めることができます。また犬は赤いものは見えにくい傾向があるようです。
音を聴き取る感覚も人より優れています。人間には聞こえない周波数の音も捕捉できるのです。
一方、味覚についてあまり発達しておらず、味の違いは食材そのものの味ではなく、匂いで判断しています。食べ物に含まれる脂肪の匂いの差で、美味しさを判断するのです。
塩分には鈍感で、人間の食べるような塩分が強く、味の濃いものは好んで食べますが、塩分を上手に分解できないので、塩分摂取によって体の各臓器に悪影響を及ぼしやすくなります。
だから食べ物の味付けは薄くても構いません。人の食事は犬にとっては味が濃すぎ、塩分量が多すぎてしまいます。
■その3:習性が違う
犬はもともと群れで狩りをして生きていました。リーダーをトップとした完全な階級制です。だから順位づけが重要で、自分がどの順位にいるのかをしっかり認識することが、心の安定につながります。
順番が上か下かではなく、自分の順位を「認識できるかどうか」が重要なのです。飼い主をリーダーとして認識できないと、犬は不安になってしまいます。飼い主さんのリーダーシップが犬の心の支えなのです。
獲物を見つけたら、吠えて仲間に知らせなければなりません。吠えて獲物を追い立てて、仕留めやすい場所まで移動させる役割も必要です。
わんわん吠えてうるさいのは、そういう犬の習性だから。きちんとしつけて、吠えるべき時とそうでない時を理解させれば、むだ吠えを減らすことは可能です。
こうした犬のそもそもの習性をうまく利用するのが、前回ご紹介したカーミングシグナルによる行動把握です。
* * *
以上、犬と人とで大きく異なる3つの点についてご紹介しました。
ほかにも外見上の違いなどはありますが、この3つを知っておくことで、間違った生活習慣が引き起こす病気を防ぐことが可能となるでしょう。
感覚や体の構造がこんなに違っても、人と犬は心を通わせ、信頼関係を築くことができます。そんな奇跡の動物と暮らす楽しみは、何物にも代えがたいものがあります。
人と犬との違いをきちんと知った上で、互いに健康で長生きするよう目指しましょう。
【参考図書】
『愛犬を長生きさせる食事』
(林文明著、本体1000円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09310837
監修/林文明
日本動物医療コンシェルジュ協会代表理事。ノア動物病院グループ院長。北里大学獣医学修士課程修了。獣医師として実践を積みながら、1998年にはアメリカ コロラド州立大付属獣医学教育病院に留学し、欧米の先進動物医療を学ぶ。現在は、山梨、東京、ベトナムで5つの動物病院を経営。24時間診療、猫専門病院、動物用CT導入による高度医療などの先進的取り組みを行っている。日本動物医療コンシェルジュ協会の代表理事として、ペットの健康と食事に関する食育指導をはじめ、しつけ関連の指導などに力を注いでいる。
■ノア動物病院:http://www.noah-vet.co.jp/
文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。