今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「旅は小学校令の発布になる以前の最も重要な教育であった」
--宮本常一
民族学者の宮本常一は明治40年(1907)、山口県の周防大島(屋代島)の生まれ。小学校教師などを経て、渋沢敬三主宰のアチック・ミューゼアム(のちの日本常民文化研究所)に入所。全国各地を旅して民族調査に勤しんだ。そんな宮本が自らの著書『家郷の訓(おしえ)』の中に綴ったのが、掲出のことば。
「かわいい子には旅をさせろ」ということわざにも通じる、旅による教育効果を指摘するのである。
宮本は著書『忘れられた日本人』の中で、豊後(大分)で会った84歳の老女から聞いた話として、こんなことばも書き留めている。
「昔にゃァ世間を知らん娘は嫁にもらいてがのうての、あれは竈(かま)の前行儀しか知らんちうて、世間をしておらんとどうしても考えが狭まうなりけにのう、わしゃ十九の年に四国をまわったことがありました」
九州・四国地方の開放的気質という土地柄もあってのことかもしれないが、旅をして少しは世間を知らないと、一人前のお嫁さんとしても認めてもらえないとして、明治期の若い娘たちもよく旅に出たというのである。この老女は家族の勧めで、19歳の頃、娘3人で四国を旅行したという。
馴れ親しんだ家や郷里を離れて旅をすることが、経験や見識を広げ、人間的な成長をもたらすのは、学校教育制度が整った現在でも同じだろう。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。