文/濱田浩一郎

大坂城。

秀吉の「兄弟」を名乗る若者の登場

大河ドラマ「豊臣兄弟!」では主人公の小一郎(羽柴秀長)とその兄・秀吉が手を取り合い成り上がっていく様が描かれていますが、秀吉には小一郎や、とも(日秀尼)・朝日姫の他にも兄弟姉妹がいたのではないかとされています。その1つの根拠となるのが、戦国時代に来日したポルトガル人の宣教師ルイス・フロイスが著した『日本史』です。

秀吉が関白に就任したのは天正13年(1585)のことですが、その2年後(1587年)、1人の若者が「大坂の政庁」(大坂城)に突如、姿を現します。しかもその若者は2・30人もの身分の高い武士を従えておりました。それら大勢の武士は美しく豪華な衣裳をまとっていたそうです。この1人の若者は伊勢国(現在の三重県)から大坂までやって来たとのことですが「関白(秀吉)の実の兄弟」と自称していました。しかも単に自称していたわけではなく、その若者を知る多くの人々が、この若者は「関白の実の兄弟」に違いないと「確信」していたということです。

秀吉は大坂城を訪れたこの若者と対面します。傍らには秀吉の母・大政所もおりました。秀吉は母に対し「かの人物(若者)を息子として知っているかどうか。息子として認めるかどうか」問い質します。秀吉の言葉には「傲慢、尊大、それ以上の軽蔑の念」が籠っていたそうです。『日本史』によると、大政所はその若者を「息子として認知することを恥じた」ので、息子ではないと返答します。「そのような者を生んだ覚えはない」と主張したのです。秀吉の「傲慢、尊大、それ以上の軽蔑の念」が籠った大政所への言葉には(知っているとは言わせないぞ)との気迫が感じられます。当然、大政所も秀吉の想いを読み取ったので「息子ではない」と答えたのでした。

大政所が「知らない」と言い終えるか、終えないうちに、その若者と数十人の従者は捕縛され、秀吉の面前で首を斬られていたとのこと。彼らの首は無惨にも街道に晒されました。秀吉のこの即断即決を見ていると、若者が大坂城に現れた時点で、秀吉は処刑することを考えていたのでしょう。フロイスの『日本史』には「関白は己の肉親者や血族の者すら(己に不都合とあれば)許しはしなかったのである」と書いてありますので、フロイスはこの痛ましい最期を遂げた若者を秀吉の「兄弟」と確信していたのでしょう。

秀吉はなぜ「兄弟姉妹」を虐殺したのか?

この出来事から3・4ヶ月が経過した頃、秀吉は故郷の尾張国(現在の愛知県)に他にも自分の「姉妹」がいることを聞きつけます。その姉妹は「貧しい農民」だったとのこと。その話を聞きつけた秀吉は「姉妹として認め、それなりの待遇をする」と言い、無理矢理、姉妹を都に呼び寄せます。秀吉は偶然、自らの姉妹が尾張にいたことを知ったように書かれていますが、おそらく若者の一件があってから、他に兄弟姉妹がいないか探索させていたのでしょう。

「当人(姉妹)が望みもせぬのに」秀吉は姉妹を都へと出立させたのですが、姉妹は出立の頃には「天からの良運と幸福が授けられたものと思い」込んでいたようです。秀吉と対面できるとあって、できるだけの準備もし、数人の身内の女性を連れて都に入ります。ところがその姉妹と親族を待っていたのは残酷な運命でした。

彼女たちは都に入るや否や、すぐに捕えられ、斬首されるのです。「天からの良運と幸福が授けられたものと思い込んでいた」ことや「できるだけの準備」をして行ったとの記述が余計に哀れさを際立たせます。

秀吉は自分の「兄弟姉妹」と考えられる人々を次々に処刑したのですが、その理由を『日本史』は「己の血統が賤しいことを打ち消そうとし」たためと記しています。『日本史』に記載されたこれらの逸話に関しては、他に関連する史料がないため、詳しいことは分かりません(人によってはこの逸話自体が嘘ではないかという人もいます。その一方で信頼できるとする歴史家もいます)。

処刑された男性や女性が本当に秀吉の「兄弟姉妹」だったのかも不明です。しかし、仮に本当の「兄弟姉妹」だったとするならば、なぜ秀吉は彼・彼女らを殺害したのか。フロイスが言うように「己の血統が賤しいことを打ち消そうとし」ただけではないでしょう。伊勢国からやって来た若者が真に秀吉の「兄弟」だったとすると、後でややこしいことになりかねません。秀吉の「兄弟」であるのをいいことに急に増長するかもしれませんし、何より力をつけて自分(秀吉)に刃向かってくることも考えられます。

秀吉にとって新たに現れた「兄弟」は危険な存在でしかないのです。よって処刑したのでしょう。そうした理由から、秀吉は自分が知っている弟(小一郎)や姉(日秀尼)・妹(朝日姫)以外は「兄弟姉妹」と認めなかったのです。

文/濱田浩一郎(はまだ・こういちろう)

兵庫県相生市出身。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師、大阪観光大学観光学研究所客員研究員を歴任。現在、武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。
著書『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『中学生からの超口語訳 信長公記』(ベストブック)、『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社)その他多数。

 

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