
人の生き方とは様々です。何となく観ていたテレビ番組や新聞の記事などで、とある人物の人生を知り、心打たれることがあります。人様の生き方から学ぶことも多い。また、己の生き方と比べ、恥いることもしばしばです。
どこで、人生の違いが生じたのか? 運なのか、チャンスだったのか……。おそらくは、志と運を呼び寄せる努力、そしてチャンスを物にする能力の違いではないでしょうか?
先人たちが残した名言や金言の中に、その答えを見つけることができるかも知れません。今回の座右の銘にしたい言葉は「格物致知」(かくぶつちち) です。
「格物致知」の意味
「格物致知」について、『⼩学館デジタル⼤辞泉』では、「物の道理を窮め、知的判断力を高める意で、理想的な政治を行うための基本的条件、モットー」とあります。物事の道理や本質を深く究めることによって、真の知識や認識に到達するという意味を持つ四字熟語です。
「格物」の「格」は「至る」「きわめる」を意味し、「物」は「事物」や「物事」を指します。つまり「格物」とは、事物の本質に迫り、その真理を究めることです。一方「致知」の「致」は「至らせる」、「知」は「知識」や「認識」を表します。したがって「致知」は、本物の知識や深い理解に到達することを意味しています。
この二つを合わせた「格物致知」は、表面的な知識にとどまらず、物事の根本を探究することで、真実の理解に至るという学問の姿勢を示しています。現代風に言えば、「本質を見抜く力を養う」「深く学び続ける」という意味になるでしょう。
人生後半を迎えたサライ世代にとって、この言葉は単なる学問の方法論ではありません。日々の生活の中で出会う様々な事象に対し、その背景や意味を深く考える習慣を持つことの大切さを教えてくれます。
「格物致知」の由来
この言葉のルーツは、中国の古典、儒教の経書の一つである『大学』(だいがく)にあります。
『大学』の冒頭には
「知を致すは、物に格(いた)るに在り、物に格り、しかるのち知、至る」
とあり、「知識を極めるには事物の理を究めることが必要であり、事物の理を究めてはじめて真の知識に到達できる」というものです。
この解釈には二つの大きな流れがあります。ひとつは朱子学(しゅしがく)の考え方。これは「すべての事物には理がある。一つ一つを探求し、知識を積み重ねることで悟りに至る」という、客観的な学問重視の考え方です。
もうひとつは陽明学(ようめいがく)の考え方。「理は自分の心の中にある。物欲や私欲を正し、本来持っている良知(正しい判断力)を磨く」という、実践と心のあり方重視の考え方です。
どちらの解釈をとるにせよ、共通しているのは「学び続ける姿勢」と「真理への探求心」です。定年を迎えたり、子育てがひと段落したりした今だからこそ、自分なりの「格物致知」を楽しめるのではないでしょうか。

「格物致知」を座右の銘としてスピーチするなら
四字熟語は読み方が難しいものが多いため、「かくぶつちち」とはっきり発音することが大切です。聞き手が初めて耳にする言葉かもしれませんので、ゆっくり丁寧に伝えましょう。そして、専門的な解説は避け、「物事の本質を究めて真の知識を得る」という核心を、自分の言葉で表現してください。難しい漢文の引用よりも、わかりやすい説明の方が聞き手の心に届きます。
以下に「格物致知」を取り入れたスピーチの例をあげます。
本質を知る重要性を説くスピーチ例
私の座右の銘は「格物致知」です。中国の古典『大学』に出てくる言葉で、簡単に言えば「物事の一つ一つに丁寧に向き合い、その本質を理解することで、本当の知恵を得る」という意味です。
現役時代、私はスピードと効率を最優先にしてきました。結果を出すことが全てで、じっくりと「なぜそうなるのか」を考える時間を惜しんでいたように思います。しかし、第一線を退いた今、改めて世の中を見渡すと、見落としていた「理」(ことわり)がたくさんあることに気づかされます。
庭に咲く花がなぜこの時期に咲くのか、長年付き合ってきた友人があの時なぜあのような言葉をかけたのか。あるいは、今日こうして皆様と出会えたご縁の意味は何なのか。
ネットで検索すれば答えらしきものはすぐに出る時代です。しかし、自分の目で見て、手で触れ、心で感じて得た「納得」こそが、本当の意味での「知」ではないかと感じるのです。これからは、焦らず、一つ一つの物事の本質を味わいながら、知識を行動に変え、心豊かな時間を皆様と共有していきたいと思っております。
最後に
この言葉は、単なる知識の蓄積を勧めるものではありません。「知りたい」という純粋な好奇心と、対象に真摯に向き合う誠実さこそが、人生を豊かにするという教えです。
サライ世代の毎日は、忙しい現役時代とはまた違った時間の流れを持っています。道端の草花、読みかけの本、あるいは久しぶりに会う旧友との会話。そうした日々の出来事に「格り」(いたり)、新たな「知」を得る喜びを感じてみてください。
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com











