文/印南敦史

画像はイメージです。

『こうして脳は老いていく』(遠藤英俊 著、アスコム)の著者が指摘しているように、歳をとると誰でも「あれっ?」と感じることが増えるものだ。

物覚えが悪くなった、集中力が低下した、動作が遅くなった、疲れやすくなったなど、「あれっ?」の内容はさまざまではあるだろう。いずれにしても、それが老化というものなのだ。認めたくはないけれど、残念ながらそれは現実なのである。

老化という現象には、複数の要因が絡み合っており、簡単に「これが原因だ」と断定はできません。ただし、脳と長年向き合ってきた私の立場からお話しすれば、老化という現象の中心にあるのは間違いなく「脳の衰え」です。(本書24ページより)

脳は体と心をつかさどる司令塔のような役割を担っているため、老化すると生活のすべてに影響が及ぶのだ。

だが悲観する必要はない。注目すべきは、著者がクローズアップしている「予備脳」の力だ。

その名称からも推測できるように、「いざというとき(脳の老化が始まったとき)に備えて、前もって準備しておく脳」のこと。脳全体に張り巡らされた神経ネットワークが、衰えた機能を支える役割を担っているというのだ。

脳の機能によって一部の機能が低下したとしても、バックアップできる回路があれば老化の症状が抑えられることがあるばかりか、現れないこともあるのだという。

それだけではない。脳をたくさん使ってきた人のほうが、予備脳を備えていることになるのである。つまり後天的な要素が大きく、何歳になっても強化できるということだ。筋肉と同じように、鍛えると強くなると考えればいいのかもしれない。

その根拠は、脳が持つ「可塑性」という特性である。

脳の可塑性とは、新しい経験や学習、環境の変化に適応して、構造や機能を変化させる、脳に備わっている素晴らしい能力のことです。(本書103ページより)

たとえばリタイアを契機として、外国語学習やピアノの練習など、ビジネスパーソン時代には経験したことがなかったことにチャレンジするということもあるかもしれない。脳はそういった新たなアクションに合わせ、新しい神経細胞をつくるというわけである。

しかも、その回路は繰り返し使うことでどんどん太く、しっかりしたものになっていく。つまり、新たなチャレンジに没頭するほど、脳は柔軟に自らをアップデートしていくのだ。

驚くべきは、脳の可塑性が年齢を重ねても失われないということだ。もちろん若いころとくらべれば変化のスピードは緩やかかもしれないが、それでも脳は一生を通じ、新しい刺激に応じて変化し続けるのだ。

また脳は、90歳になっても新しい神経細胞を生み出す力を持っているという。

神経細胞の再生能力は高くないため、これまでは「大人になると新しい神経細胞はつくられない」と考えられてきた。しかし近年の研究で、特定の場所ではつくられることがわかってきたというのである。

現在確認できている場所は2つで、ひとつは、記憶や学習をつかさどる海馬、もうひとつは、前頭葉の下のほうにある、匂いを感じる「嗅球」です。
一般的に加齢とともに少なくなりやすいといわれる海馬の細胞が少しでも増えるなら、それだけで記憶力の低下を抑えられることになります。(本書105ページより)

年齢を重ね、仕事でも第一線から退いたりすると、つい弱気になってしまいがちだ。ちょうど肉体的な衰えを感じる時期とも重なるだけに、「もうなにをやっても無駄だ」と必要以上にネガティブになってしまうこともあるかもしれない。

だが脳の可塑性は、そうした思い込みを覆すだけのポテンシャルを備えているのだ。できるか、できないかと「問われれば「できる」ということなのだから、あとは本人の気持ち次第である。

たとえばアートに関心があるのなら、絵画や陶芸などの趣味に没頭してみるのもいい。経験がないことが気になるのであれば、教室に通えばコンプレックスはすぐに解消でき、スキルも高まっていくことだろう。

現役時代は自然を楽しむ機会がなかったと感じている人は、家庭菜園で野菜や果物を育ててみるのもいいかもしれない。あるいは、夫婦やパートナーと旅行に出かけるタイミングとしても、リタイア後は最適だ。

これらは一例に過ぎないが、なんであれ興味のあることをやってみれば、それだけで毎日は楽しくなる。そればかりか没頭するほど脳の可塑性がサポート役を買って出てくれるのなら、それほどいいことはない。

とりあえず前向きな気持ちで、興味のあることを試してみてはいかがだろうか。


『こうして脳は老いていく』
遠藤英俊 著
1650円
アスコム

文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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