
(国立国会図書館蔵)
ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)では、松平定信(演・井上祐貴)政権の方針に、蔦重(演・横浜流星)は、あえて時流に抗う方針を固めました。蔦重の妻のてい(演・橋本愛)なんかは、一本屋のやることではないと提言するのですが、蔦重はそれが自らの信念ということなのか、聞く耳を持ちません。
編集者A(以下A):前週の番組後の「紀行」でも紹介されていましたが、心学といえば、教科書的には石田梅岩の「石門心学」が有名ですが、やっぱり時流なんでしょうね。『心学早染草』は、商家の若旦那理太郎の物語。善魂が「帰ろうよ」悪魂が「このまま遊んでいこうよ」ってことになるのですが、女郎の怪野(あやしの)に心を奪われるわけです。
I:私が印象に残っているのは、理太郎がうたた寝している間に、善魂が悪魂に入れ替わるというくだりがあるところです。そういえば、『金々先生栄花夢』も主人公がうたた寝している間に見た夢の物語になります。「うたた寝している間に」ってのが大好きだったんですかね? 教訓話ですから、最後は善魂が勝つという形になります。
A:「人の寝たるときは、魂があそびに出るといふこと間違いなし」と断言しているところがツボです。「就寝中に魂が抜けだすという俗信は広くあったようで、心学などでもそうしたたとえが説かれたようである」というのは『新編 日本古典文学全集79 黄表紙、川柳、狂歌』(小学館)の注釈です。同書には、『べらぼう』で話題になった『金々先生栄花夢』や『江戸生艶気樺焼』『文武二道万石通』『鸚鵡返文武二道』に『心学早染草』さらには、『べらぼう』に登場した主だった狂歌師たちの狂歌などが収録されています。
I:私は主人公の理太郎が吉原の「怪野」と対面しているときに「ああ、いい匂ひがする。岡本の乙女香といふ匂ひだ」といっている場面が好きです。当時人気の化粧品店の売れ筋商品をさりげなく入れ込んでくる。いったいどんな香りだったのか想像力がかきたてられますね。
「善魂 悪魂」の源流は?
I:私は、「善魂、悪魂」の話に触れるたびに、平田篤胤の弟子といわれる本田親徳による「一霊四魂」を思い出します。
A:一霊四魂って、荒魂、幸魂、和魂、奇魂があるっていう概念ですよね。『心学早染草』の「善魂」「悪魂」が一世を風靡したあとですから、影響を受けたのかもしれませんね。
I:そもそも『古事記』や『日本書紀』にも大物主神を「幸魂」「奇魂」(「和魂」の場合も)と表現したり、「幸魂」「奇魂」「和魂」ということは幾度も表現されています。ということを考えると、北尾政演も『記紀』に記された「荒魂、幸魂、和魂、奇魂」をさらにわかりやすく「善魂 悪魂」にしたのかもしれないと想像したりします。
A:なるほど。そういうふうに思考がぐるぐる巡るのも大河ドラマの楽しみ方のひとつですね。
●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
