
ライターI(以下I):3月3日の桃の節句の日に2027年大河ドラマの制作発表が行なわれました。俗にいう「ひなまつり」の日の発表ということで、一瞬、女性が主人公かとも思ったのですが、「ひなまつり」は関係なかったですね(笑)。
編集者A(以下A):近年ですと、大河ドラマの制作発表は、
2026年『豊臣兄弟!』2024年3月12日発表
2025年『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』2023年4月27日発表
2024年『光る君へ』2022年5月11日発表
2023年『どうする家康』2021年1月19日発表
2022年『鎌倉殿の13人』2020年1月8日発表
ということで、まったくもって法則性がありません。今回は、3月3日13時に、制作統括を務める勝田直子さんから、タイトルの発表がありました。
I:壇上の金のパネルにかけられていた黒い布が引き落とされると、そこには『逆賊の幕臣』というタイトルが現れ、主人公が小栗上野介であること、小栗を演じるのが松坂桃李さんであることが発表されました。
A:当欄は『麒麟がくる』(2020年)から連載を開始していますが、制作発表まで参加するようになったのは『鎌倉殿の13人』からです。すでに6作の発表の場に立ち会っているのですが、今回の発表は、「ついに小栗が来たか!」と衝撃的でした。小栗の凄さをあらわすうえで常に引用されるのが、肥前藩出身で明治の政治家大隈重信の「明治政府の近代化政策はほとんど小栗の模倣にすぎない」の言葉です。日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を撃破した東郷平八郎も、日本海海戦の勝利を小栗が横須賀製鉄所を建設したおかげだといい残しています。
I:発表の席で制作統括の勝田直子さんも、幕府の命運を背負った小栗上野介ほどの人物が、ほとんど後世に知られていないということに触れて「それは明治維新政府が彼を逆賊として歴史の闇に葬ったから」と説明しました。
A:そうです。小栗の功績は、明治維新政府によってなきことにされたのです。作家の原田伊織さんは、2019年に刊行された『消された「徳川近代」明治日本の欺瞞』(小学館)で、小栗上野介などの幕臣がすでに近代化に着手していて「徳川近代」が着々と進んでいたこと、幕府の瓦解で、幕府が着手していた「近代化」はそのまま新政府が受け継いだことを詳報しています。2023年には同書の文庫化の際に『小栗上野介抹殺と消された「徳川近代」』(小学館)と改題しています。その原田伊織さんから当欄にコメントが寄せられました。以下、原田さんのコメントです。
人類の歴史において250年もの永きに亘って平和な日々を維持した国家・政権は、我が国の江戸時代・徳川政権しか存在しません。「パックス・トクガワーナ」という言葉が使われるほど、我が国以外でこの価値は高く評価されています。
私は、その最末期を「徳川近代」と位置づけ、日本に「近代」を構築しようとした時代としてその特異な重要性を訴え続けてきましたが、この時代を主導した傑物が旗本小栗上野介です。後に大隈重信が指摘した通り、明治とは小栗の模倣に過ぎないといっても差支えないほど彼の近代化施策には先見性がありました。
小栗は横須賀に造船所、築地にはシャワー付きの「築地ホテル」を建造しました。さらには、近代陸軍の編成にも着手します。しかし、より評価すべきは、就業規則や月給制、残業手当を創設し、株式法人の設立を主導するなどソフト面での近代化を推し進めたことです。
小栗の生きた時代は、ジャポニスムの時代でした。そして、西欧文明が行き詰まり、西欧社会が品格を失った今、第二次ジャポニスムの時代として「世界は江戸に向かっている」といわれます。即ち、小栗が導いていた「江戸」とはもはや時代の名称ではなく、独自のシステムと価値観を表わす言葉となっているのです。
官軍を名乗る薩摩・長州討幕軍に恭順ではなく徹底抗戦を主張した小栗上野介。その足どりを辿れば、停滞から劣化へと衰退の一途にある現代日本社会が新たな時代のデザインを描くヒントを得ることも可能だと思います。
原田伊織
『べらぼう』の時代から50年後の日本を描く
I:現在、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』が放送されていますが、小栗上野介が生まれたのは文政10年(1827)。『べらぼう』劇中のおよそ50年後になります。ですから『べらぼう』の時代は小栗の祖父の時代になりますね。かなり現代とは地続きという感じになります。
A:小栗の功績をあげればきりがありません。1860年の幕府の遣米使節の一員として訪米した小栗は、工業大国アメリカの繁栄を目の当たりにして衝撃を受けます。そのことを受け止めるために持ち帰ったのが1本のネジです。日本の近代化はここから飛躍したといっても過言ではありません。2021年の大河ドラマ『青天を衝け』では、武田真治さんが演じましたが、1本のネジのエピソードも描かれました。築地に日本初の近代的ホテルである「築地ホテル」を手がけるなど、同地は日本の近代化発祥の地ともいわれています。
I:『べらぼう』で瀬川(演・小芝風花)の身請けが描かれている1775年は、まだアメリカが独立していないことに留意したいですね。『べらぼう』の時代から90年ほど経過してアメリカは工業大国の地位を築いていたということです。
A:小栗がアメリカに訪れた時の「工業大国アメリカ」と「幕末ニッポン」を比較した時、よもやその約80年後にアメリカが交戦国になるということは想像すらできなかったと思われます。
罪なくして此処に斬らる
I:小栗上野介の最期は涙なくしては語れません。
A:維新後、かつての領地だった権田村(現在の群馬県高崎市倉渕町)に移り住んだ小栗は、現地の水路を築いたり、村人に学問を指南したり、静かに余生をすごしていたそうです。ところが、慶応4年(1868)、進軍中の東山道軍が小栗を捕縛し、取り調べをすることなく翌日に斬首してしまいます。当地の「小栗上野介顕彰慰霊碑」碑文には「偉人小栗上野介 罪なくして此処に斬らる」と刻まれています。私は三度この碑文の前に立ちましたが、毎回胸を締め付けられる思いがします。
I:幕府軍と新政府軍が戦った戊辰戦争ですが、幕府軍の方は、箱館で最後まで抗戦した榎本武揚なども明治以降に命を永らえました。
A:幕府側の名のある人物で、命を失ったのは、小栗上野介と箱館で戦死した土方歳三のみになります。
I:旧権田村の東善寺に小栗の墓所があるのですよね。
A:そうです。東善寺の村上泰賢住職は、小栗の研究者としても知られた存在です。今回、『逆賊の幕臣』の制作発表の翌朝のお勤めの際に、御霊に報告されたそうです。ご住職からコメントが寄せられました。
当地の村人は明治政府が隠してきた小栗様の業績を語り伝えて、なんとか多くの人に知ってほしいと努力をしてきました。すでに他界された多くの先人の霊に、昨朝のお勤めで報告しました。
I:毎年開かれている「小栗まつり」ですが、今年も5月25日に開催される予定です。
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●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ べらぼう 蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
