文・写真/東リカ(海外書き人クラブ/ポルトガル在住ライター)

リスボンっ子にとって馴染み深いアグアス・リヴレス水道橋。

リスボンの街中に連なる大アーチが目を惹く「アグアス・リヴレス水道橋」。実は、1748年に完成した、重力だけで山中の湧水を市内の貯水槽まで50km以上も水を運ぶ高度な給水システム(アクアダクト)の一部です。

この水道橋の大アーチの上を渡り、地下水路を探検し、貯水槽までを訪ねてリスボンが誇るアクアダクトの秘密に迫ります。

18世紀の最も高度な巨大給水システム

電車の駅からも見える水道橋の大アーチ。

リスボンを南北に縦断する主要高速道路をまたいで架かる「アグアス・リヴレス水道橋」は、現在も市民にとって身近な存在です。

実は、地上に見えているアーチ部分は全体のわずか約5%にすぎず、その大部分は地下を通る全長約58kmの巨大な給水システムです。

このアクアダクトは、1731年にジョアン5世がリスボンの深刻な水不足を解消するために建設を命じました。

水源に選ばれたのは、シントラ山脈のカネサスに湧く良質な水。この湧水は古代ローマ時代から利用されていたほど歴史が古く、アクアダクトの起点近くには小規模なダム跡も残っています。ここからリスボンまで続く自然な傾斜を利用して、重力により水を市内へと集めました。

アルカンタラ渓谷を横断する水道橋を説明するガイドのチアゴさん。建築当時、欧州で最も高度な給水システムとして名を馳せた。

そんなアクアダクト建設において最も重要になったのが、市の中心部の間に位置するアルカンタラ渓谷の横断です。渓谷の地下に水路を走らせることはできないため、全長941m、高さ最大65m、35のアーチで構成される水道橋が建築されることになりました。

まるでリスボン大地震を予知したかのようなエンジニアの見識

この水道橋は、完成から間もない1755年に起きた、マグニチュード8.5~9.0相当というリスボン大地震に耐えたことで、「奇跡の建造物」として知られています。

それは、地震に強い構造を採用した技術者の先見の明によるものです。その1つがアーチの形です。渓谷の最も深い部分には、「アグアス・リヴレス水道橋」と聞いて誰もが思い浮かべるゴシック建築を象徴する14の「∧」型の大きな尖頭アーチが採用されています。

最大支間29メートル、高さ65メートル超の世界最大級の石造尖頭アーチ。

水道橋建築当時は、例えば、ベルサイユ宮殿のような優雅な曲線が多用されるバロック様式の全盛期で、質実剛健な中世のゴシック様式は時代遅れだと敬遠されていました。ところが、エンジニアたちは、そんな意見を押し切り、渓谷の最も深い部分には円形ではなくゴシック様式の尖頭アーチを採用。それは、尖頭アーチが半円アーチに比べて、渓谷の深い谷・川の流れる湿った地盤・地震リスクという3つの条件に対して、横方向のスラストが小さく、縦方向に力を逃がすため、構造的にはるかに安定しているという理由からでした。

水道橋が直線で構成されていることを示すチアゴさん。

さらに、アルカンタラ渓谷区間を、くの字のように、ほぼ完全な直線で構成したことも貢献しています。揺れが来ても、横方向のねじれが起きにくい構造により、倒壊を防いだようです。

まるで9年後に大地震が起きることを予測していたかのように、耐震性に優れた水道橋を構築したエンジニアたちは、当時はもちろん、現代でも尊敬されています。

水道橋の上と中を歩いてみた

今も街を彩り、リスボンっ子の誇りとなっている水道橋。リスボン水道局(EPAL)が運営する「水道博物館(Museu da Água)」のツアーに参加することで、大アーチが連なる水道橋を渡ることができます!

約1kmの水道橋の両側を歩くことができる。

アーチの上を実際に歩いて行くと、車で走り抜ける際に下から見上げるのとは違って、水道橋の大きさが実感できます。地震を耐え抜き、18世紀から聳え立っていると思うと、さらに感動します。

水道橋からは、テージョ川の対岸まで見渡せる。

眼下には高速道路。車はかなり小さく、遠くに感じます。また、連なる赤い屋根、モンサント森林公園、その先のテージョ川と4月25日橋、さらに対岸のキリスト像まで、リスボンらしい眺望を満喫することができます。

水道橋の中を走る水路。

また、ツアーでは、アーチの内部にある石造の水路を見学させてもらいました。この中は、何か問題が起きた際にも対応できるよう、中央を歩いて通れるようになっています。

天窓があり、差し込む光が内部にアーチを映し出し、ちょっと詩的です。

このように観光にもすばらしい水道橋ですが、実は、建築当時はあまり人気がなく、非常に治安が悪かったようです。

歩道橋として使われ始めた19世紀には、夕暮れ時、仕事帰りの人々から賃金を奪い、自殺に見せかけるために橋から突き落として殺害するという「アクアダクト連続殺人事件」が発生、市民を震え上がらせました。被害者数は、なんと100人にも上ると言われています。事件があまりにも多発したため、当局は歩道橋としての使用を停止せざるを得なくなったそうです。

この連続殺人犯は、別の犯罪で逮捕されたガリシア生まれのディオゴ・アルヴェスだと考えられています。彼は、1841年絞首刑を執行されました。彼の頭部は、当時流行していた骨相学(人の性格が頭蓋骨や頭の形に表れるとする学説)に基づいて彼の残虐性の原因を調べるため、科学者の手に渡りました。そして、なんと現在もリスボン大学医学部に、目を見開いた彼の“生首”がホルマリン漬けで保存されているそうです。

地下水路と貯水槽を探検!

さて、水道橋で渓谷を渡ったアクアダクトは、再び地下へと潜ります。そして、シントラの湧水は、長い旅路を経てアモレイラス地区の巨大な貯水槽「マエ・ダグア・ダス・アモレイラス(Mãe d’Água das Amoreiras)」に集められました。そして、ここからさらに5つの地下水路(ギャラリー)を通り、リスボン市内へと公共の噴水(水飲み場)を通して水が供給されたのです。

この水道橋から貯水槽までの地下水路やギャラリーも水道博物館のガイドツアーに参加することで、見学が可能です。

地上から見る採光塔。

地下水路は一定間隔で採光孔が設けられているものの、薄暗く、懐中電灯で照らしながら進む道中は、冒険心がくすぐられます!

アクアダクトの終点となるマエ・ダグア貯水槽は、巨大な正方形の建物です。単なる機能的な建造物ではなく、王の偉業を誇示できるように、バロック装飾の豪華な建物になっています。

貯水槽の屋上テラスから見る円形アーチに収まったモンセラッテ礼拝堂。

王は、当時は珍しかったテラス形の貯水槽の屋上に立ち、市民に向けて演説を行ったそうです。ここからは、アモレイラスの街からテージョ川までを一望できます。また、記念碑的な「凱旋門」、水道橋アーチの下にすっぽりと収まっている「モンセラッテ礼拝堂」や公共の噴水など貯水槽完成と同時代の象徴的な建造物も上から見ることができます。個人的な楽しみとして貯水槽を訪れた当時の王族たちの気分を想像しながら、リスボンのパノラマを楽しむのも乙なものです。

マエ・ダグア・ダス・アモレイラス貯水槽の滝。

また、内部は、王女さまを筆頭とする高貴な女性たちが、水音を聴きながら優雅な時間を過ごすために貴族的な空間として設計されました。まず目に入るのはイルカの口から水が流れ落ちるという滝です。この滝に使われている岩は、源泉のあるシントラの山から持ち込まれたもので、まるで「アクアダクトの始まりと終わりが出会う」という趣向になっています。

ライトショー開催時の貯水槽。

この空間は、現在、イベントスペースとしてコンサートやライトショーにも使われています。アクアダクトは、知る人ぞ知る、歴史を感じられるユニークな観光スポットです。リスボンにくることがあれば、ぜひ訪れてみてくださいね!

Museu da Água(水道博物館)
https://www.epal.pt/EPAL/menu/museu-da-%C3%A1gua

Aqueduto das Águas Livres
住所:Calçada da Quintinha 6, 1070-225 Lisboa

Reservatório da Mãe d’Água das Amoreiras
住所:Praça das Amoreiras 10, 1250-020 Lisboa

最寄駅は地下鉄Rato駅。ツアーの申込は、https://www.ticketline.pt/evento/museu-da-agua-de-lisboa-95506のサイトから、もしくはmda.epal@adp.pt へメールで可能。

文・写真/東リカ
ブラジル、アメリカを経てポルトガル在住のライター。著書に「好きなことして、いい顔で生きていく~風変わりな街ポートランドで、自分らしさを貫く15の物語~」。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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