文・絵/牧野良幸

今年はアメリカでの日本人の活躍で、1日を気持ち良く過ごせる日が多かった。大リーグの大谷翔平選手のことである。

もうひとつアメリカで嬉しい日本人の活躍があった。俳優の真田広之がプロデュース、主演したドラマ『SHOGUN 将軍』が、エミー賞で多数の賞を受賞したのだ。真田広之も主演男優賞に選ばれた。

真田広之が活動の拠点をアメリカに移して何年になるだろうか。日本が舞台になっている映画だけでも『ラストサムライ』(2003年)、『ウルヴァリン∶SAMURAI』(2013年)など印象深い作品がある。最近ではキアヌ・リーヴスが主演の『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(2023年)に出ていた。ほんと出演作が多いと思う。

そのつもりでなくてハリウッドの映画を見ていたら真田広之が出ていた、というケースもある。『ライフ』(2017年)がそうだ。国際宇宙ステーションを舞台にしたSFなのだけれど、前知識なしで映画を楽しむつもりが、真田広之がクルーとして登場するや日本人応援モードに変わってしまった。真田広之のアメリカでの定着ぶりをつくづく実感したものである。

そこで今回は真田広之が出演した映画を取り上げたい。もちろん取り上げるのは日本映画である。山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』。2002年公開の作品だ。

『SHOGUN 将軍』では戦国の武将吉井虎永を演じた真田広之だが、この映画では真逆の下級藩士の役だ。

時は幕末。場所は東北の海坂藩。その御蔵役に勤める井口清兵衛が真田広之の役どころである。

清兵衛は寡黙で同僚の話に加わらない。出世を望む野心もなければ、社交的なところもない人物とすぐに見て取れる。定刻となり筆や書類を片付けて帰り支度をする清兵衛は、アフター・ファイブは何をしようかという開放感で満たされる同僚のなかで浮いている。

どうだ飲みに行かんか、と誰かが言う。お付き合いしますと若手の者がこたえる。

「井口、おぬしもたまにはどだや?」

「いや、わたすは……」

「誘うだけ無駄か?」

「せば……」

現代でも上司や歳上の人から誘いを受けたら断るのはつらい。僕も清兵衛みたいに断れたらいいなあと思うが、やはり江戸時代でも波風は立つらしい。たそがれ時になると急いで家に帰る清兵衛を、心ない同僚たちは“たそがれ清兵衛”と揶揄するようになった。

清兵衛が帰宅を急ぐのは、妻を病気で失い(映画冒頭はそのシーン)、幼い娘二人と、老いた母親の世話があったからだ。借金もあった。帰っても家事と内職の虫籠づくりが待っていた。

ある日、清兵衛は親友の飯沼倫之丞(吹越満)から、京都での薩長の不穏な動きを聞かされる。

「天下は変わるんだぞ」と飯沼。

「そん時は侍をやめる、畑仕事が俺さ合ってる」

「変わったやつだの、おめえは」

清兵衛にはまるで欲がない。それでもセリフだけで内に秘める正義感とか誠実さが伝わってくる。ぼろを着ているけれど剣の心得もあるだろうなと予感させる。やっぱり主人公だわ、と安心して見ていられるのが真田広之なのだ。

そのあと飯沼の妹で幼なじみの朋江(宮沢りえ)があらわれ、朋江の控えめながら屈託のない明るさや、清兵衛のいい男だけれど恋愛はうまくないという不器用さが観客を共感させる。時代劇でも、やっぱり山田洋次らしい映画だ。

朋江もそうだが、映画は原作の小説「たそがれ清兵衛」にはないエピソードを含んでいる。原作自体はさらりと読める短編で、1時間枠のドラマに収まるだろう。

そこに山田洋次監督は同じ藤沢周平の短編「祝い人助八」「竹光始末」などを重ね合わせて、うまく物語を深くしている。知らなければ原作がこの映画のとおりだと思ってしまうほど自然だと思う。

特に最後の清兵衛と剣客、余吾善右衛門(田中泯)の戦いは見ものである。

戦いの場は屋内だ。余吾の立てこもる家に上意打ちの命をうけた清兵衛が入って行く。玄関前には余吾に打ち取られた藩士の屍が。この死体さえ余吾の襲撃を恐れて引き取ることができない。

言い忘れたが、この映画が山田洋次監督の初時代劇だったという。それだけに監督は時代考証とか光線などもこだわったそうで、室内は昼間でも暗い。

余吾の家の中も暗い、そして狭い。そのわりに建具が多く、どこから余吾が飛び出してくるかわからない。このシーンは時代劇というよりホラー映画のような緊張感である。

余吾が姿をあらわした。演じる田中泯は世界的に活躍する舞踊家で、それだけに醸し出す妖気がすごい。清兵衛の前に立つ余吾は亡霊のようでもある。

しかし清兵衛も清兵衛だ。普通の人間なら一目散に逃げ出すところだが(見ている僕も逃げ出したい気分)、余吾の身の上話に共感した清兵衛は、腰をおろして自分の困窮生活を語り出す。

「恥ずかしながら,この刀も竹光でがんす」

これを聞いて、話のわかる人間かもしれないぞと思えた余吾の目がギラリと光った。

「おぬし、わしを竹光で斬るつもりか?」

「私が修行したのは小太刀でがんす、あんたとは小太刀で戦うつもりで……」

「おぬし、わしを甘く見たな」

このあとの狭い屋内での二人の死闘が見どころ。アクションスター真田広之と舞踊家田中泯の戦いだけあって息をのむ。

清兵衛を演じた真田広之はこの時40代だが、『SHOGUN 将軍』での年輪を重ねた吉井虎永に通じるところも多い。演技に脂が乗っていたのだろう。ちなみに20代の真田広之が出演している『麻雀放浪記』を第37回(https://serai.jp/hobby/384206)で取り上げているので、そちらもよかったらご覧ください。

【今日の面白すぎる日本映画】
『たそがれ清兵衛』
2002年
上映時間:129分
監督:山田洋次
脚本:山田洋次・朝間義隆
原作:藤沢周平「たそがれ清兵衛」、「竹光始末」、「祝い人助八」
真田広之、宮沢りえ、田中泯、小林稔侍、岸惠子、丹波哲郎、ほか、
音楽 :冨田勲
主題歌 :井上陽水「決められたリズム」

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

『オーディオ小僧のアナログ放浪記』
シーディージャーナル

 

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