文・写真/佐藤モカ(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)

科学史研究所設立から100年。今ガリレオ博物館が熱い。
(c)Museo Galileo, Firenze. Photo Sabina Bernacchini

世界をひっくり返した地動説

この春、宇宙をめぐる壮大なドラマが一つ、幕を降ろした。

第26回手塚治虫文化賞のマンガ大賞をはじめ、数々の漫画賞を受賞して大きな話題となった小学館発行の漫画『チ。―地球の運動について―』(以下『チ。』)。
その世界観を忠実に再現し、壮大かつ緻密な世界観で海外からも注目を浴びたアニメの放送が、2025年3月遂に完結を迎えたのだ。

『チ。』はポーランドに似た架空の国P国における地動説論者への過酷な迫害、そして命をかけても宇宙の真実を突き止めようとする者たちのドラマを描いた物語で、そのストーリーの奥深さには筆者も大きな感銘を受けた。
イタリアでもNetflixなどで配信されたほか、漫画はイタリア国立天文物理学研究所(INAF)の教育サイトEduINAF(https://edu.inaf.it)でも取り上げられ、漫画やアニメといった枠を超えた高い評価を受けている。

2024年秋、そして2025年冬アニメの中でも、間違いなく最も話題になった作品の一つと言えるだろう。

作中でも重要なアイテムだった天体観測用具であるアストロラーベ。本物を目にできるとは感動だ。
(c)Museo Galileo, Firenze. Photo Sabina Bernacchini

そんな『チ。』の世界観に思う存分に浸り、現実の歴史においてどのように天動説が覆されていったのかを知ることができる博物館が、フィレンツェに存在する。

ガリレオ博物館「museo galileo」(https://www.museogalileo.it/it/)。
重厚な石作りの建物の中に一歩足を踏み入れれば、かつて世界を覆っていたキリスト教的な天動説、そしてそこから新たな命のように芽吹いていった地動説の息吹に包まれる。

奇しくも今年は、ガリレオ博物館の母体である科学史研究所が設立されて、ちょうど100年の節目の年にあたる。
科学史研究所はイタリア科学に関する資料の収集と、価値化を目的として1925年5月7日にフィレンツェで設立された機関だ。
ガリレオ博物館ではこの100周年を記念して、貴重な資料を一般公開する特別展や、公演会など様々なイベントが予定されている。

そう、2025年はまさしく、地動説イヤーとも呼べるかもしれない。

フィレンツェ中心街に位置し、科学好き、天文好き、そして歴史好きには必見の博物館。
(c) Museo Galileo, Firenze. Photo Sabina Bernacchini

『チ。』の世界で描かれたことは史実をベースにした創作だが、宇宙の中心は地球であるとする宗教と、地動説の真実へと迫っていく科学者たちとの対立のリアルさは、ただのファンタジーでは片付けられないものがある。
それまで疑いもなく信じられてきた世界がガラリと音を立てて変わっていく、科学史上これほどにスキャンダルな変革がかつてあっただろうか。

あまりにも複雑になりすぎてしまった天動説の世界

我々のよく知る史実では、近代科学における地動説はコペルニクスに始まる。
古代から信じられてきた天動説は、観測技術の発展と共にどんどん複雑になっていき、出口のない迷路のように難解さを極めるようになっていった。

天文学者たちをひときわ悩ませていたものの一つが、「惑う星」と名付けられた惑星の存在だ。
惑星は地球から観測していると、まっすぐに進んでいたかと思えば時折「惑った」ように逆行したり、くるりと回ったりと、不思議な動きをすることがある。
地球を宇宙の中心と考えると宇宙の動きはあまりにも複雑で、自由気ままな星たちがごちゃごちゃと動き回ることになってしまうのだ。

『チ。』の中でも主人公の一人がそうした宇宙の動きを「美しくない」と感じるシーンがあるが、コペルニクスも複雑になりすぎた宇宙の迷路をほどき、より合理的でシンプルな宇宙の姿を模索しようとした。
そうした試行錯誤の中で彼がたどり着いたのが、地球ではなく太陽を中心にする、地動説なのだ。

ガリレオ博物館にある数々の貴重な展示物の中でも、圧倒的な迫力を持って訴えかけてくるのが、天動説に基づいて作られた巨大な天球模型である。

中央にある地球の周囲を、惑星が複雑に動き回る天動説。その動きを一つの模型の中に作り上げた傑作だ。(c)Museo Galileo, Firenze. Photo Sabina Bernacchini

科学的には確かに非合理的かもしれないが、この天球模型は美術品としてあまりにも美しい。
コペルニクス以前の人々が見ていたであろう、神々しいほどに理解不能な宇宙が、この作品から伝わってくるようだ。
きっと当時の人々にとって、宇宙は神の作った神秘そのものであったに違いない。

そして、地球が動く世界へ

『チ。』ではコペルニクスの師であったアルベルト・ブルゼフスキらしき人物が登場したところで物語が終了するが、この博物館ではまるでストーリーの続きを辿るかのように、一歩先の時代の新たなる挑戦を見ることができる。

今では近代科学の父と呼ばれるガリレオも、波乱の人生を生きた偉大な科学者の一人だ。
自ら実験を行って、観察をして、確かめる。
現代では当たり前のことだが、教会の言葉やアリストテレス時代の説が盲目的に信じられていた時代において、彼の実験と検証の精神は決して一般的なものではなかった。

ガリレオはいかにして宇宙の真理に迫って行ったのか。

ガリレオは、望遠鏡という新たな「目」を使って宇宙を見た最初の一人だ。
彼が実際に使っていた貴重なオリジナルの望遠鏡も、ここガリレオ博物館に展示されている。

自作の望遠鏡を初めて覗いた時、彼の目に宇宙はどんな風に映っただろうか。
緻密な観測を続けることにより、ガリレオは月のクレーターや木星の衛星、金星の満ち欠けなど、それまでの宇宙観を大きく覆す証拠をいくつも見つけていったのだ。

ガリレオによる金星のスケッチ。金星の満ち欠けは、『チ。』の中でも重要なキーワードになっていた。
卵形のガラスの中に、ガリレオの指が保存されている。

この博物館では天文関連の器具や資料のほかにも、有名なガリレオ温度計、さらにはガリレオの中指のミイラまで展示されているのだから驚きだ。

彼の死後に熱狂的な信奉者らが遺体の一部を持ち出したとのことだが、敬愛する人の指が欲しいと思うほどの熱狂とは、一体どのようなものだったのだろう。

「地球が動く世界=近代」へと向かっていく、大きな時代のうねり。
そしてそこに生きた人々の、熱病に冒されたかのような真理への果てなき情熱。
知を求める人々が生み出した新たな時代の鼓動が、今もここで確かに脈打っている。
ぜひガリレオ博物館で、真理へと迫る偉人たちの情熱に触れてみてほしい。

ガリレオ博物館
Piazza dei Giudici, 1, 50122 Firenze FI
https://www.museogalileo.it/it/
フィレンツェ中心街に位置し、ドゥオモ広場から徒歩10分

文・写真/佐藤モカ(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)
文筆家。慶應義塾大学環境情報学部卒。2009年よりイタリア在住。イタリア在住ライターとして多数の媒体に執筆する他、マーケティングリサーチャー、料理研究家など幅広く活動。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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