迫力ある呪術シーンの視覚効果(VFX)と、平安時代の和様美に彩られた映画『陰陽師0』(おんみょうじぜろ)。原作は、平安時代中期に実在した呪術師、安倍晴明(あべのせいめい)の活躍を描いた夢枕獏のベストセラー小説『陰陽師』シリーズ。映画はその晴明の若き日を描いたオリジナル作品だ。
安倍晴明はNHK大河ドラマ『光る君へ』にも登場し宮中の陰謀にも加担しているが、映画『陰陽師0』では、陰謀に立ち向かう若きヒーロー像として描かれている。
監督・脚本を務めたのは、ドラマ『K-20 怪人二十面相・伝』『アンフェア』シリーズなど多くの人気作品を手がけてきた佐藤嗣麻子(さとうしまこ)さん。夫である映画監督・山崎貴(やまざきたかし)さんの作品『ゴジラ-01』でアカデミー賞・視覚効果賞を受賞した「白組」がVFXを担当している。
世界に知らしめた白組の視覚効果技術。本作品でも圧巻の映像美で観客を魅了する。呪術シーンはさることながら、特に注目したいのは、視覚効果を駆使した平安京の再現だ。古来中国と日本独自の文化が調和した平安和様文化。現存していない当時の遺構や衣装などを念入りに取材し研究。多くの識者の意見を交え、見事な映像に仕上げている。佐藤嗣麻子監督はいう。
「ご覧になった方の感想で、建物が中国風というのを見かけます。ですが平安京は、中国の洛陽城(らくようじょう)や長安城(ちょうあんじょう)を模して793年から建設され、翌794年に遷都したもの。ですので、まだ中国文化の影響が色濃く残っています。映画に登場する帝(みかど)の居城である「清涼殿(せいりょうでん)」や平安宮の焼滅した宮城門「朱雀門(すざくもん)」を映像作品として再現したのは初めてだと思います」
大陸から伝わった文明と日本独自の暮らしを礎に、貴族社会を中心に華やかに発展した王朝文化。ここでは1200年前の雅な世界を、映画『陰陽師0』の中から読み取っていきたい。
実在した主人公の安倍晴明と源博雅
主人公の安倍晴明(あべのせいめい・921‐1005)は、平安時代中期に活躍した陰陽師。陰陽師とは、中国から伝わった陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)など様々な学問や技術をもとに誕生した陰陽道をもとに、暦などの編纂(へんさん)・占い、天文の研究などをおこなう陰陽寮(おんみょうりょう)の官職のこと。政治や社会の中心で活躍し、日本文化の重要な役割を担っていた。
「実際の安倍晴明は、39歳で天文得業生(てんもんとくごうしょう)、40歳でようやく陰陽師になっています。79歳で従四位下(じゅしいげ/日本の位階および神階における位のひとつ)、相棒の源博雅(みなもとのひろまさ)が16歳の時に授かった地位に昇ります。博雅の方は従三位まで昇って公卿(くぎょう/国政を担う最高の職位)になります。従四位下は、陰陽師としては異例の出世だと思います」
安倍晴明の相棒役として登場するのが、源博雅(918‐980)。醍醐天皇の孫で中務省(なかつかさしょう/天皇の補佐など朝廷に関する職務全般を担う省)に配属。雅楽家でもあり、管弦(かんげん)の名手とも言われていた。
「夢枕獏さんの描く源博雅は、安倍晴明と並ぶ天才ですが、本人に自覚がなく、そういう所を晴明も気に入って相棒になっているのだと思います。今までのメディアミックスですと、晴明の天才性は表現されていましたが、博雅の方はなかなかフィーチャーされません。ですので今回は博雅の天才性を出せて良かったと思っています」
映画の中での晴明は、陰陽師に興味がなく授業をさぼってばかりの陰陽寮の学生。一方で源博雅は雅楽家としても名を残した位の高い貴族。映画『陰陽師0』は、この地位も性格も違う二人の若者が手を組み、最凶の呪いや怪奇事件に挑んでいく痛快な物語だ。
映画に登場する国宝。仁和寺・金堂「阿弥陀三尊像」
映画で視覚効果と共に話題になったのが、国宝や重要文化財とのコラボレーションだろう。中でも世界遺産・国宝の仁和寺(にんなじ)・金堂で撮影された場面は印象深い。幼い頃に両親を殺され心に傷を負った晴明の心情を、国宝の荘厳な空気の中で表現している。
金堂内部を拝観できるのは特別公開時のみ。それゆえに映画の大画面で拝観できるのは至って希少だ。
写真の中央に鎮座(ちんざ)するのは、仁和寺創建当時の本尊、阿弥陀三尊像(あみださんぞんぞう/国宝)。平安時代の彫刻が次第に和様式への道を辿る出発点の造形と言われている。中央の阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)は、腹前で定印(じょういん)を結ぶ現存最古の阿弥陀像だ。
「仁和寺は天皇家に代々縁のあるお寺で、晴明が教えを請うた人物でもある寛朝(かんちょう・916‐998)が実際にいた場所だったので、どうしても撮影したいと思いました。国宝の中で撮影するのは、物を壊したり傷つけたりしてはいけないと、緊張しましたが、豪華な絵になっていると思います。晴明役の山崎賢人さんも『空気が違う』とおっしゃってました」
仁和寺は仁和4年(888)に創建された真言宗御室派(しんごんしゅうおむろは)の総本山。平安~鎌倉期には皇族が代々住職(門跡)を務め、「門跡寺院」として格式を保った寺院だ。その本堂である「金堂」は、御所の紫宸殿(ししんでん/御所の中心的建物)を移建したもので、当時の宮殿建築(天皇が使用する建物の総称)を伝える現存最古の紫宸殿として、国宝に指定されている。
モデルとなった平等院の国宝「雲中供養菩薩像」
もうひとつの国宝が博雅の笛から奏で出て飛翔する菩薩像群。京都宇治市にある平等院の「雲中供養菩薩像(うんちゅうくようぼさつぞう)」だ。こちらは原作者の夢枕獏さんが「平安仏像彫刻の最高峰」と絶賛し、佐藤監督に映像化を懇願。平等院の像を参考にしてCGで製作した。
雲中供養菩薩像は、極楽浄土で阿弥陀如来の徳を讃え、浄土の虚空を飛翔している菩薩の群像。平等院・鳳凰堂の本尊阿弥陀如来坐像を取り囲むようにかけられていた。52軀(く)あり、すベて国宝。楽器を演奏する像が28軀、ほか舞を踊ったり合掌するなど、その壮麗な世界は拝観するものを圧倒する。
夢枕獏さんはいう。
「平安時代、救いを求める人々が仏像彫刻の美しさに縋り、そこに仏を見て心の拠り所にしました。雲中供養菩薩像には、森羅万象すべてのものが救われるような壮大な世界観(物語)があるんですよ」
映画では、博雅の笛から奏でる音の中で、霊験あらたかに躍動する。
後編は、佐藤監督が特にこだわった、平安時代の衣装や遺構を拝見します。
【後編はこちら】
佐藤嗣麻子
1964年生まれ。岩手県出身。映画監督、脚本家。ロンドン・インターナショナル・フィルム・スクールにて映画制作を学ぶ。監督作品に『ヴァージニア』(93)、『エコエコアザラク WIZARD OF DARKNESS』(95)、『K-20 怪人二十面相・伝』(08)、『アンフェア the answer』(11)、『アンフェア the end』(15)など。脚本に『SPACE BATTLESHIPヤマト』(10)、『独身貴族』(13)、『ハイエナ』(23)など。
夢枕獏
1951年、神奈川県生まれ。小説家。『陰陽師0』の原作者。77年にデビュー。以後、『キマイラ』『闇狩り師』『陰陽師』などのシリーズ作品を発表。89年『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、98年『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞など数々の賞を受賞。雑誌『BE-PAL』(小社刊)2024年8月号より『古代史を遊ぶ・忘竿堂主人 伝奇噺』新連載スタート。
『陰陽師0』
陰陽寮の学生である安倍晴明(山崎賢人)。誰とも打ち解けない彼に、貴族の源博雅(染谷将太)が依頼を持ち込む。それは皇族の女性を悩ませている怪奇現象を解決してほしいというものだった。やがて晴明は、博雅とともに謎の解明に乗り出す。
脚本・監督:佐藤嗣麻子
出演:山崎賢人、染谷将太、奈緒、安藤政信、村上虹郎、板垣李光人、國村隼/北村一輝、小林薫
2024年4月19日(金)より全国公開。ワーナー・ブラザース映画配給。(C)2024映画『陰陽師0』製作委員会
※山崎賢人の崎は「たつさき」が正式
取材・文/松浦裕子