文/印南敦史

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『人生はおもしろがった人の勝ち』(萩本欽一著、大和書房)の冒頭で、著者の萩本欽一氏は「絶対においしいものなんか、世の中にはない」と断言している。とはいっても否定的な意味ではなく、話はこう続けられるのだ。

「ただし、ものをおいしく食べることはできる。気心の知れた仲間と食べてもおいしいし、自分ががんばって作った料理を目の前で誰かがおいしそうに食べてくれたら、それを見ているだけでおいしい気持ちになってくる」と。

そしてそれは、人生についても言えるという。

絶対におもしろいことなんかない。同じことでも、状況によって、おもしろかったり、おもしろくなかったりする。だけど、どんな状況にあっても、ものごとをおもしろくすることはできるんじゃないかな。
要は、考え方一つってことだ。(本書3ページ「はじめに おもしろく生きることに年齢は関係ない」より引用)

そんな萩本氏はこれまで、「どうしたらおもしろくなるか」ばかりを考えて生きてきたのだそうだ。具体的には、人と同じことをしていてはダメだということ、運が逃げていかないようにすること、いいことと悪いことは半々だということ、など。

そして、そのような考え方を軸として言えることがあるとすれば、それは「おもしろがった人のほうが、人生をおもしろく生きられる」ということだという。

おもしろく生きることに、年齢は関係ない。いくつになろうが、おもしろく生きようと思えば、おもしろく生きられる。かえって長く生きてきた人、いろいろなことを経験してきた人のほうが、おもしろがるコツを知っているんじゃないかな。(本書3ページ「はじめに おもしろく生きることに年齢は関係ない」より引用)

たった一度きりの人生なのだから、おもしろく生きたほうがいい。本書の根底に流れているのも、そんな思いである。そしてそれは、定年を迎えた人、あるいは、これから数年後に定年を迎える人たちの心にも、なにかを訴えかけるはずだ。

ところで興味深いのは、ネガティブに語られることも少なくない「定年」に関する萩本氏の考え方だ。「次になにかをしなくてはならないと思っているなら、時間を有効に使うために、一日も早く勤め先を辞めたほうがいい」と述べたうえで、定年についての持論を展開しているのだ。

ボクが思うに、定年というのは、紙の表を全部書き終えたということだ。それで、定年後というのは、まだ白紙のままの紙の裏に、新しい何かを書き込んでいくことだ。何を書くかも、どう書くかも、人それぞれ。自分が思ったように、自由に書いていけばいい。(本書47ページより引用)

表に書かれていること、すなわち会社員時代の経験は、あくまで参考書程度だと思えばいいと主張する。裏にした紙をわざわざまたひっくり返して表に戻し、そこに書かれていることを見て、「ああ、昔はよかった」「もう少しがんばればよかったな」などと嘆いたところで始まらないということ。

紙の表面が終わり、せっかく裏面という新しいページができたのだから、これからがんばることだけを考えればいいということである。

表は参考書なのだから、見なくてすむなら見る必要はなし。なにか困ったことやわからないことがあったら、紙をお日様に透かし、表に書かれていることを見る程度でいい。裏面を書く際のインクの色も、表面とは違うほうがいいという。そうすれば、気持ちを新たにできるからだ。

ドラマなんかでよく、「お父さん。定年、ご苦労さん」という言葉が出てくるが、ボクにいわせたら、そんな言葉はもう古い。
「お父さん、表面が終わりましたね」
そのくらいの言葉を聞きたい。
「これから裏面の人生が楽しみね」なんて奥さんがいったら、断然かっこいい。ダンナさんも、「よし、これからは裏で生きていくぞ!」と、元気な声で応える。そんな会話があったら、それだけで楽しくなる。(本書48ページより引用)

だからこそ、座してただ定年を待つのではなく、さっさと辞めて、新しい紙を手に入れたほうがいいという発想だ。

趣味に関しても、萩本氏は独特の考え方を持っているようだ。たとえば、なにかの技術を持っている人であるなら、定年になってからでも、次にまたそれを活かすことができる場所を見つけられる可能性はあるだろう。

ところが、ただのサラリーマンだったという人はそうはいかない。どこかに勤めようと思っても年齢制限があるから、新たな勤め先を見つけるのは困難だということだ。

そこで氏は、「定年で会社を辞めたはいいけれど、次になにをしたらいいのかわからない」という人のために、ひとつ選択肢を増やすという意味で、「弟子」になることを勧めているのである。

何でもいいが、たとえば、包丁研ぎなんていうのはどうだろうか。
職人さんのところに行って、「すいません、包丁研ぎをやりたいので、弟子にしてください」といったら、たぶん雇ってもらえると思う。弟子だから、とりあえず給料はない。でも、弟子としてしっかり働いて入れば、そのうち給料をくれると思う。(本書3ページ「はじめに おもしろく生きることに年齢は関係ない」より引用)

同じように、ゴルフが好きならゴルフ練習場に行って「弟子にしてください」と頼めばいいし、草花が好きで花壇いじりをしたいなら、花を生産している人のところに行って頼み込めばいいという発想。いずれも誠心誠意働いて、いい結果を出せば、やがて「お金を払うから、このまま続けてやってくれない?」ということになるかもしれないというのだ。

こうした発想は、萩本氏の内部に「生きている以上、終わりはない」という考え方があることを示している。それは、73歳で大学生になったという実績があるからこそ言えることでもあるのだろう。つまり氏も、73歳から現在進行形で「裏面」の人生を歩み始めているのだ。

飲みながら話を聞いているような感じで気楽に読めるのに、柔らかな言葉からは強い説得力を感じることができる。それは、本書の根底に根ざす、萩本氏自身の人生経験のおかげなのだろう。

『人生はおもしろがった人の勝ち』萩本欽一著


大和書房 ISBN 9784479393030

文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。

 

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