人生にはどうしようもできない部分が多々あります。親や性別は選べませんし、性格や素質も人によって違います。そんなどうしようもない部分について、「結局、人生は運に結果をゆだねるしかないゲーム」と言い切るのは、元少年院の教官という異色の経歴をもつVTuber、犯罪学教室のかなえ先生。
失敗の原因を「努力が足りなかった」「才能がなかった」から仕方ないと諦めている人は多いでしょう。ですが、犯罪学教室のかなえ先生は「努力も生まれながらの才能だとするならば、結局はこれも運の話」、勝者と敗者を分けるものは「運が良かった」「運が悪かった」という話に帰結すると結論づけます。
犯罪学教室のかなえ先生の著書『人生がクソゲーだと思ったら読む本』では、その理論にのっとって、寄せられた相談に忖度なくズバッと答えています。今回は、陰謀論にハマって離婚までしてしまった母親に悩む相談者への回答をご紹介します。
いったいどこからどこまでが自分のせいで、どこからが他人のせいなのか? それを理解することで、心の重りを少し軽くしてみませんか。
文/犯罪学教室のかなえ先生
なぜ、人はデマや陰謀論に巻き込まれるのか?
【お悩み内容】
コロナ禍で陰謀論やデマなどが問題になっています。私の家の問題になりますが、ワクチンやコロナウイルスのことで陰謀論にハマった母親が父親とケンカして離婚してしまいました。あんなに普通だった母親が、陰謀論にハマったとたんに一気に人が変わったようになってしまったことに恐怖を覚えました。「政府の陰謀だ」「科学者や企業は国民を騙している」など、どうして荒唐無稽な話を信じてしまうのでしょうか?
【犯罪学教室のかなえ先生の回答】
陰謀論は、己の無知に気づけない人から沼にハマる罠!
めちゃくちゃ重い話題だ……。一応、言葉の確認だけしましょうかね。
まず、デマとはドイツ語のデマゴギー(Demagogie)の略で、「政治的な意図を持って特定の相手を誹謗し、相手に不利な世論を作り出すように流す虚偽の情報や、社会情勢が不安定なときに発生する憶測や事実誤認による情報」を言います。
一方で、陰謀論とはどのようなものなのか?
アメリカの陰謀論研究の第一人者であるユージンスキ博士(政治学)によると、陰謀論とは「有力な個人からなる少人数の集団が、自らの利益のために、公共の利益に反して秘密裏に行動した/行動している/行動するだろうという、信頼に足る証拠なく対象を非難する認識のことを指す」と説明しています。
さて、個人的な考えになりますが、陰謀論は想像力豊かで物事の変化に敏感な無知な人間ほどハマりやすい傾向にあると考えています。そのため私は、SNS上で陰謀論に触れてしまったときは、下手に投稿を引用して反論して拡散に寄与するのではなく、無視するようにしています(命の危険が迫るような場合は別ですが……)。下手に議論を挑んでも、見えている世界が違うせいで議論にならない可能性もあるので、無視が自分を守るのに最も効果的だったりします。
私はアナタへ送る回答に「陰謀論は、己の無知に気づけない人からハマる罠!」と記しました。イメージしやすいように具体例を挙げて説明しようと思います。
例えば、「かなえ先生は実は宇宙人で視聴者を洗脳してファンを獲得している」というあり得ない陰謀論が存在したとします(ちなみに私は生粋の地球市民ですし、怪電波を発していることはないのでご安心ください)。多くの人はそんなのふざけたホラだとスルーするのでしょうが、ごく少数の人が「かなえ先生が支持を集めているのがおかしい!」「コメントが洗脳されている」と主張し始めます。すごく雑ですが、これが陰謀論の始まりです。
しかし、このままでは少数派は、ただのヤバいヤツらで終わってしまいます。
自分たちの主張を受け入れさせるために、皆さんなら何をしますか?
おそらく多くの人は、自身の主張を裏付ける根拠を探し始めるでしょう。例えば「BGMの周波数が超音波で〜」などの言いがかりに近いものが挙げられていくようになり、やがて「洗脳に関する書籍や論文」などが引用されて、もっともらしく裏付けされていくようになります。しかし、そのほとんどがこじつけです。
それでも、何人かはそれに引っかかって信じてしまいます。引っかかる人が徐々に増えていき、やがて一般に浸透していきます。これが陰謀論の広まりです。
一方、陰謀論に異議を唱える人も増えていきます。
ただ、人間は恐ろしいもので、周囲から否定されても改心するどころか、より自身の思想を先鋭化して強固なものにしてしまいます。その結果、行き着くのは荒唐無稽な「ぶっ飛んだ話」になってしまうわけですが、本人の中では理論武装ができているため、陰謀論者からすると私たちこそ「活動を妨害する陰謀論者」と認識されてしまうわけです。
この段階になると、当事者が公式に否定したとしても、陰謀論者は「必死に否定するのは事実だからだ」と、さらに自身の主張に自信を持ってしまいます。
今までの話からわかるように、また、ここ数年の陰謀論界隈を観察していると現実に強い不満や不安を抱いており、「エリートや既得権益、権威者が自分たちを不当に扱っている、もしくは隠れて悪いことをしている」と感じている人が多そうです。「自分が不当に扱われた」と思う経験を繰り返している人が増えているのかもしれません。同時に、陰謀論を利用してこのような人から搾取しようとする人も目立ってきました。
専門家や研究者が否定しようと発信しても、その真実にすがって自己を見出そうとして生きていくレベルに達している相手だと、SNSの数の暴力で主張がかき消されてしまうこともあります。
SNSは彼らのホームフィールドであり、建設的な議論や意見交換がなされる学会とは違います。妄想も偶然も彼らからすれば、全て必然であり、真実になってしまうのです。
そうなると、言い方はめちゃくちゃ悪いかもしれませんが見えている世界も違うので、もちろん話も通じませんし、彼らは自身の主張を絶対に手放そうとしません。
娯楽としてのオカルトと、命に関わる陰謀論やデマでは話が違います。
世界は多面的に構成されており、氾濫する情報の海の中から情報を取捨選択する能力がますます重要になってきました。何が正しいのか、何が間違っているのか、信じるのは皆さんの自由ですが、自分と異なる意見や主張を目の当たりにしたとき、真摯に耳を傾ける気持ちの余裕は持っておきたいですね。
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『人生がクソゲーだと思ったら読む本』(犯罪学教室のかなえ先生 著)小学館
犯罪学教室のかなえ先生
元・法務教官(いわゆる少年院の先生)、日本初の元国家公務員の男性VTuber。主に発達障害やコミュニケーションに困難を抱える少年を担当し、社会復帰に尽力した。
現在は「事件解説を通じて社会の解像度を上げる」をモットーに、2020年9月よりスタートしたYouTubeチャンネル『犯罪学教室のかなえ先生 V Criminologist』を運営している。同配信には視聴者からの悩みが多く寄せられ、それらに対する“愛のある辛口コメント”も定評がある。
経済産業省「未来の教室」プロジェクトのSTEAMライブラリーに学術系VTuberユニット「まなぶい」のメンバーとして教育コンテンツを提供するなど、活躍の場を広げている。