文/印南敦史
少し前に、糖質を摂らずにいられなくなることを意味する「糖質中毒」という言葉が話題になった。しかし医学博士である『脂質中毒』(岡部 正 著、アスコム)の著者は、同じように「脂質中毒」も恐ろしいものなのだと主張している。
たとえば、「長生きする人は、毎日肉を食べている」というような話を聞くことがある。たしかに健康に生きるためには、適度に肉を食べることは必要だ。しかし、毎日肉を食べるということは、肉に含まれる脂質も相当食べているということにもなる。
肉を食べて脂質を摂取することが習慣になると、あなたの味覚が変化して、知らず知らずのうちに脂質を求めるようになってしまいます。
そうすると、もっと脂質が欲しくなり、肉などの脂っこいものや乳製品を摂るようになります。このくり返しが、さらに味覚を変化させ、いっそう脂質が欲しくなる。そして、いつしか脂質を摂取することが快感になり、さらに脂質が欲しくなる……。
これが、「脂質中毒」なのです。(本書「はじめに」より)
こう聞くと「肉類や油料理はそこまで好きじゃないから大丈夫だろう」と思われるかもしれない。だが、そういう方であっても、ましてや脂肪を摂ることを意識して避けている人でさえ、いつの間にか脂質中毒になっていたというケースがよくあるのだという。
そればかりか、糖質制限をしている人が、脂質を摂りすぎて脂質中毒になってしまったということも珍しくないようだ。
脂質中毒になれば当然ながら、がんによる死亡リスクが高まり、心血管病も発症しやすくなる。さまざまな病気の原因となる肥満を誘発することにもなるため、健康は確実に損なわれるだろう。
だからこそ脂質中毒を避けるべきなのだが、そうならない方法、なったとしても抜け出す方法はあると著者は断言する。それらを実践していけば、最悪の状況は回避できるのだと。
本書ではその方法が明かされているわけだが、それらは決して困難なものではない。それどころか、ちょっと生活習慣を変えるだけで効果が期待できそうなことばかりだ。2つをご紹介しよう。
最低ひと口5回噛むことを目安に
体に脂肪をため込んでしまう最大の理由は「食べすぎ」。消費カロリー以上にカロリーを摂ってしまうから、人は太るのだ。それはよく知られた話だが、脂質についてもあてはまるという。1日の摂取脂質量を超えた脂質を食べてしまうから、脂質から離れられなくなってしまうというわけである。
なお、食べすぎてしまう理由のひとつに「早食い」がある。脳(視床下部)の満腹中枢が「おなかいっぱいになった」と信号を出し始めるのは、食事を始めてから約20分後。つまり20分以内に食事を済ませてしまうと、胃が満腹になっているにもかかわらず、それ以上食べすぎてしまう危険があるということだ。
しかも満腹感を得る前に食事を終えているわけなので、さらに追加でデザートを食べたり、お菓子に手が伸びたりしてしまうようなことも考えられる。
だが、ここには見逃すべきでない重要なポイントがある。
裏を返せば、今より少しだけゆっくり食事をすれば、食べすぎを抑えることができるのです。私のクリニックでは「ひと口10回噛むこと」を推奨しています。それでも億劫ならば、ひと口5回でもいいので、ゆっくり噛んで味わってみてください。(本書89ページより)
意外に少ない気もするが、ひと口5回味わうようにすれば、咀嚼しているあいだは次のおかずに箸が伸びるようなことはなくなる。そのため、次から次へと食べるような習慣がなくなっていくわけだ。そしてそうなったら、噛む回数を少しだけ増やしてみればいいのである。
朝と昼をクリアできれば夜は脂質を食べてもOK
食事は、1日の総摂取カロリー量と、1日の摂取脂肪量を調整することが大切。なお著者によれば、朝と昼にカロリーや脂質の量を抑えることができたなら、夜は脂質を摂っても大丈夫なのだという。
とはいえ、せっかく脂質を制限しているのだから、揚げ物よりは焼き物や煮物、肉類にしても脂質の少ない赤みにした方がよりよいようだ。
私は、朝食は軽めにして、昼は必ず納豆かヨーグルトを一品加え、夜には炭水化物をほとんど食べずに、たんぱく質を摂るという日々を過ごしています。
逆に、朝や昼に脂質を摂りすぎた人でも、夕食で1日のカロリーや脂質の量を調整すれば問題ありません。(本書100ページより)
なお、夕食をいっさい食べないというダイエット法もあるが、著者はすすめていないのだという。効果は絶大かもしれないが、無理をしすぎた食事制限は長く続かないからだ。
せっかく努力して痩せたとしても、やめた途端にリバウンドしてしまうのでは意味がないというわけだ。いいかえれば、自分が続けられる小さな努力を続けることこそが、健康維持のためには大きな意味を持つのである。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。