文・石川真禧照(自動車生活探険家)

ドライビングモードはwet/GT/sport/corsa/ESCoff。どのモードもハンドルは重いが、接地感があり、レーシングカー育ちを感じさせる。乗り心地も硬さはあるが目地での突き上げのキツさもなく、フラット感がある。
低い位置にデザインされたグリルの中央にはマセラティのエムブレムであるトライデント(三叉の槍)が。このエムブレムは1926年に初めてマセラティの名を冠したレーシングカーから採用されている。
空気の流れを重視した後ろ姿。リアウインドからの後方視界は狭いので、新兵器(デジタルミラー)を採用。
屋根は座席の上の部分だけ開き、ドアウインドからうしろの部分は残る。ホイールベースは2.7mなのでプリウスより5cm短い。前輪からフロント部分が長め。

マセラティのスーパースポーツカー「MC」は、2020年に発表された。マセラティが発表の地に選んだのは、東京、ニューヨーク、そしてイタリアのモデナで、9月10日に同時に発表された。東京は東京タワーの下で華々しく発表会が行われた。

発表の地に、マセラティの母国であるイタリア・モデナを加えたところにこのクルマの意味があった。同社にとって久々のスーパースポーツカーは、100%メイド・イン・モデナであり、100%メイド・イン・イタリーというマセラティのこだわりのクルマだった。

空力重視の車体はレーシングカー用の風洞で完成した。ボディカラーは6色から選べるが、塗装も初めてモデナの工場で行われる。
デザインと機能性を重視したドアはハネ上げ式。座席に座って、閉めるときはやや力が要るのと、ドアを開けるときに横幅が1m以上必要。

エンジンはV型6気筒、排気量3000ccで開発は100%マセラティが行った。約20年ぶりに自社開発のエンジンを搭載した。大胆な2ドアのボディサイズデザインはマセラティ・イノベーション・ラボのエンジニアとマセラティ・チェントロ・スティーレのデザイナーが一丸となって、約2年の歳月をかけてつくり上げた。開発時のバーチャル・ビークル・ダイナミクスシステムはイノベーション・ラボが自社内で開発したシステムを活用している。極めつきのこだわりは、MCの生産拠点だ。モデナで80年以上、マセラティの名スポーツカーが生産されてきたヴィアーレ・チロ・メノッツィの工場を選んだ。歴史ある工場に手を加えて稼働させ、生産ラインを整えたという。

それにしても、なぜここまで100%モデナ、100%イタリアにこだわるのか。それは今年で総合112年を迎える同社の歴史をたどると理解できる。

座席後方に搭載されるV6エンジンは、外からは見えない。
数字を読むスピードはデジタル。回転域を視界でとらえるエンジン回転は、指針方式のアナログを採用。全開加速では7500回転まで上昇する。

マセラティ家には6人の男兄弟がいて、それぞれイタリアの自動車メーカーでエンジニアやレーシングドライバーとして働いていた。その中の3人が自動車工房マセラティを創業した。それが1914年だった。マセラティ社は自動車のスパークプラグ製造にはじまり、レーシングカーの世界でも有名なレースにクラス優勝するなどして、注目を浴びたが、1937年に資金難で同社を譲渡した。そこから自動車メーカーマセラティの波乱万丈の物語がはじまった。

1940年に本社をモデナに移転した新しい経営者は、スポーツカーレースの世界に見切りを告げ高級スポーツカーの世界に参入したが、一時期はヒットモデルもあったが、1966年にフランス・シトロエン傘下に身売り。そのシトロエンも経営がうまくいかず、プジョーグループに編入されてしまった。プジョーは同じ国のシトロエンは助けたが、イタリアのマセラティとの誓約は破棄。破綻寸前まで追い込まれた。

そこに新興スーパーカーメーカーのデ・トマソがあらわれ、同社の体制に組みこまれた。デ・トマソはアメリカのクライスラーにマセラティ株の一部を売却し、一時はクライスラー・マセラティという車もつくられた。90年代にデ・トマソはフィアットにマセラティの株を売却。フィアットは傘下のフェラーリの子会社として再構築させようとした。マセラティは一時期はライバルであったフェラーリから、スポーツカーの命であるエンジンや変速機を与えられ、クルマ造りをしなければならなかった。もちろんレース用マシンなど作れる状況ではなかった。

2005年にはフェラーリ傘下から離れ、今度はこれもかつてはライバルであったアルファロメオと統合され、マセラティのクルマ造り歴史の中で、初めてSUVを生産することになった。皮肉にもこれがヒット作となり、資金を貯えた。電気自動車のF1レース、フォーミュラEにも参戦できるようになった。そこで2022年にマセラティ独自の新車計画を立案した。マセラティ本来の味を出せず、統合や傘下入りを繰り返すこと苦節約90年。自社製モデルとしては16年ぶり。それがマセラティMCだった。MCとはマセラティコルセ。コルセはレーシングを意味する。発表当初はブランド新時代の幕開けの2020年からMC20を名乗っていたが、昨年末に、MCプーラに改名した。

屋根を開けたときの座席は開放的。座席のトリムなどの色使いがおしゃれ。
座席の後方にはコートなどを置くスペースはある。そのうしろにはエンジンが収まっている。

開発当初から、クーペ、スパイダー、フルエレクトリックのすべての車型に対応できるようにデザインされた車体はカーボンファイバーを多用。個性的なフォルムはマセラティ初のバタフライ・ドアを備えている。このドアは乗りこむときは腕を伸ばし、ドアを引き下げ、降りるときはハネ上げる方式。

車体前部はスポーツバッグやアタッシュケースぐらいなら入る荷物入れが設けられている。
エンジンの後方には内張りもしっかりとしたトランクスペースが備わるので、長期間旅行にも使える。開口部も大きく、使い易い。

自社製のV6ツインターボエンジンは1500回転あたりからトルクが太くなり、一気に7500回転まで上昇する。その感覚はレーシングカーに通じる。レース活動に力を入れていた当期のモデナ魂が生きている。ここにもモデナへの誇りが感じられる。

クーペ登場の2年あとに加わったスパイダーモデルの「チェロ」(イタリア語の空の意味)は、センタースクリーンの画面に触れるだけで、約18秒で開閉する。開ければ頭上には“空”が見える。

これ見よがしのスーパーカーのインパネではなく、シックで落ち着いた室内。
小径で握りの太いハンドルがレーシングカー的。青いボタンはスタート/ストップのイグニッションボタン。
大きなダイヤルはドライブモード選択用。その下にD/M、Rの変速用ボタン。インテリアはオプションのカーボンパッケージ(72万円)。
マニュアルモードは左右のパドルレバーで操作する。8速ATを駆使すればV6エンジンは7500回転まで伸びる。

天井が解放された運転席には外からもV6ツインターボエンジンの排気サウンドが耳に入ってくる。特に5000回転を超えたあたりからの音と加速感は小気味良く、クルマも楽しそうに走ってくれる感じがする。制動力も頼もしい。適当にカーブの続く峠道ならいつまでも走っていたくなる。その一方で、街中をDレンジでのんびり流してもMCプーラチェロは楽しい。わずかに聞こえるV6サウンドや、周囲からの視線がわくわくさせる。ショーウインドウに写った姿に思わず見とれてしまう。

屋根の開閉はインストルメントパネル中央の10インチスクリーンで行う。開閉時は約18秒。
リアウインドが小さく、後方視界の確保は、リアカメラによるデジタルルームミラーが装備されている。ワイド視界のミラーはナナメ後方に忍びよる白いオートバイも確認できる。
最高速320km以上を支える足回り。ブレーキは前ブレンボ製6ピストン、380mm径ベンチレーテッドディスク、後ブレンボ製4ピストン、350mm径ベンチレーテッドディスクを装着。

100%メイドインイタリアにこだわったMCプーラチェロは、おしゃれなイタリアンファッションそのものだ。

エンジンルーム上の空気孔とcielo(イタリア語で空の意味)のネームプレート。

マセラティ/MC プーラ チェロ

全長×全幅×全高4667×1965×1214mm
ホイールベース2700mm
車両重量1560kg
エンジンV型6気筒ガソリンターボ 3000cc
最高出力630ps/7500rpm
最大トルク720Nm/3000~5500rpm
駆動形式後輪駆動
燃料消費率非公表
使用燃料/容量無鉛プレミアムガソリン/60L
ミッション形式8速AT
サスペンション形式前:ダブルウィッシュボーン 後: ダブルウィッシュボーン
乗員定員2名
車両価格(税込)3545万円
問い合わせ先 0120-965-120

文/石川真禧照(自動車生活探険家)
20代で自動車評論の世界に入り、年間200台以上の自動車に試乗すること半世紀。日常生活と自動車との関わりを考えた評価、評論を得意とする。

撮影/萩原文博

 

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